般若心経を生きる・・・加藤湘堂⑤
天平時代の写経というのはほとんど写経生が書いたものである
たとえば聖武天皇の「勅願経」、光明皇后の「願経」といった歴史に残る有名人な人の願経も全部、先の述べた写経生の筆をもって書かれた
7月15日11:08分、太古の辻西側にある大岩
ところが藤原時代になると違う。写経所というものがなくなって、個人的な写経になる。たとえば藤原道長の写経などもあり、現存している
奥駈道南方の蘇莫岳1521m
豪華絢爛たる清盛の「心経」
平清盛の「般若心経」は、巻末に「太政大臣従一位平朝臣清盛書写」と書いてあり、これは間違いなく清盛の真筆である
山ホトトギス
「平家納経」というのは、豪華さと優美さにおいては、日本の古写経の中の王者である
大日岳分岐
山頂へは、急斜面の30m続くクサリ場と、巻道がある。大日如来像が祀られています
その豪華絢爛たる中に、清盛が書いた「般若心経」がある
クマササの稜線を少し進むと釈迦ケ岳が見えてきます
この「心経」は、紺紙に「塔」の模様(天地に台座と天蓋のある塔輪を何重にも積み上げた模様)をつけ、その中に一字一字を書いている
東側が岩塊絶壁で、西側がなだらかである
旭ダムのある太尾登山口からのルートは、標高差500m、2時間10分のコースで登りやすい
つまり、塔の中の一字一字が仏様だという一つの信仰の現れである
眼下は深仙ノ宿だ
この「心経」の清盛の文字は純粋に日本的なものである。天平写経のようにきちっきちっと書いたものではなく、穏やかな、ゆったりした字で書いてある
四天岩の全容が見える場所
清盛は、平家という武家の出でありながら非常に教養の高い人物で、書にも公卿的な趣がある
都津門も見えます
「平家物語」の中ではかなり非道の姿が描かれているが、文字を見ると、その「能書」ぶりから、清盛というのはいかに素晴らしい人物であったかが偲ばれる
台高山脈の最高峰・日出ケ岳1695mも確認できます
一つの時代を築いた人なのだから、決して物語が伝えるほど悪い人間ではない
写真が前後しましたが、大日岳への登り口です
清盛の「般若心経」が鮮明であれば、一般の人が習う上でも非常に良いのだが、紺紙に金字で書いてあるために、文字が磨滅してしまっていて、残念ながら手本として使うことができない
篤志家の皆さんが、太尾登山口から玉砂利を運んでおられました
山頂の浸食に対応するためだそうです!ご苦労様です<m(__)m>
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
to be continued











