般若心経を生きる・・・加藤湘堂④

空海の真筆は存在するか

鎌倉時代の鼠心経は現在、五、六十点は伝えられており、「沙門空海」と一巻一巻、署名がしてある

7月15日10:10分、太古ノ辻直下から大日岳を見上げる

鼠の足跡みたいな字なので、「鼠心経」あるいは「鼠跡心経」というのだが、自我ころころしているので、俗名「ころころ経」ともいう

堂ノ森が広がる

しかし空海の署名があっても、「鼠心経」は空海の時代ほどは古くない

10:16分、奥駆道・太古ノ辻

小仲坊から2:43分の道のりでした

古来、先覚たちは、鎌倉時代の人が空海を崇め、空海の名前を入れたのではないかと伝えてきた

大峯奥駈道ほぼ中間点で、これより南は南奥駈道となります

本宮まで45km、24時間とあります

では空海の書いた写経はまったくないかというと、そうではない。「金剛般若経解題」というのがある

異空間にいるようです

ここから「釈迦ケ岳」までの稜線は「仙人の住む他界」と考えられている

大峯奥駈道、これより北を「金剛界」、南を「胎蔵界」とみなしています

これは「解題(大要あるいは解説といった意味)」というくらいであるから、普通の写経のように楷書できちっと書いてあるものとは違う

小仲坊まで2.5km、標高差約650m

草書で書かれた素晴らしい字だが、写経の手本にはならない

小仲坊まで下山の標準タイム1:30分です。この日は1:47分でした

これは疑いなく空海の真跡である。しかし、現在この「金剛般若経解題」は全部見ることは出来ない

ザックに蝶が止まってなかなか離れてくれません

八十五行あった長い巻物が大正十二年の関東大震災で焼けてしまい、その断片や一部が諸家に蔵され、真筆として珍重されている

靡(行場)には祈祷札が祀られている

さて、伝・空海と伝えられる「隅寺心経」は、東京や京都、奈良の博物館で原寸の複製が売られているが、「プレジデント」本号の「隅寺心経」を、手本にすることもできる

白い花を付ける木

現代の書家が書いた「般若心経」でも、伝・空海の「般若心経」に倣って書いたものがあるので、実際に写経する際は天平時代の「隅寺心経」の複製か、あるいは現在の先生の「隅寺心経」に倣ったものを習うとよい

ノリウツギ?でしょうか

「般若心経」で空海と並んで有名なのは良寛であるが、江戸時代の良寛に移る前に、取り上げておきたいものに、平清盛が厳島神社に納めた、いわゆる「平家納経」のうちの「般若心経」がある

凛とした咲きぶりです

青文字は、1993年11月号「プレジデント」より

座右の書として残しています

to be continued