般若心経を生きる・・・加藤湘堂③

奈良時代の写経生は官立写経所の国家試験を通った今でいう公務員で、一糸の乱れもない、形にも少しの崩れがない字を書くことができる

孔雀岳(1779m)山腹の五百羅漢の岩塔群が見える所

登山道から三度上り下りして「釈迦ケ岳」に祈願すると、願いが叶うといわれている

我々はそれを職人的達筆者と呼んでいるが、そういう字だから、書の手本としてはふさわしい

険しい岩峰・千手岳

国家統制下の厳しい戒律によって書かれた字であるから、個性というものはほとんどなく、それが隅寺心経の一つの特徴になっている

大日岳1568m

もちろん空海自身も、般若心経を書いたであろう

一旦沢へ降りる階段

実際、空海の著書の中にも、教養や法会で法華経と共に般若心経を自ら書き、あまねく普及したということが著されている

ブルーアジサイ

最近、伝・空海といわれてきたものの中に真筆があるのではといった説がある

岩陰に咲いていました

京都の広隆寺、別名太秦の破体心経がそれである。書は楷書なら楷書に統一して書くのが普通である

険しい岩場にひっそり咲いていました

しかし、広隆寺の般若心経は、楷書、行書、草書、隷書といった様々な書体を取り混ぜて書かれている。ゆえに破体である

上りの取り付き

この般若心経には年号(弘仁12年)がはっきり書かれており空海と署名までしてある

大日岳

普通の人であればこれは空海が書いたと考えるわけだが、空海の書を知っている者から見るとどうも違う

風景を楽しみながら登ります(そんな余裕あるかな)

空海の真筆であるという説が言われているのは、このような破体で書けるのは、空海ならではだといったことからのようだが、私の個人的な意見を述べると、どうも破体心経の字は空海の字ほど偉くないようである

一郎岩、二郎岩、三郎岩、五百羅漢、屛風岩が連なります

空海の真筆は存在するか

それ以外に空海の筆といわれているものに、鎌倉時代の鼠心経がある

大日岳が迫ってきた

青文字は、1993年11月号「プレジデント」より

to be continued