「般若心経」を生きる・・・加藤湘堂①

まず書くことから「写経」は始まる

般若心経を写経するには、伝・空海の「隅寺心経」を手本に模写をし、だんだんと臨書に移るのがよい

とにかく初めは真似ること、そして繰り返し書き続けることである

やがて真似でない自分の書が生まれてくるという。第一人者が教える写経の方法と心得

さあ、釈迦ケ岳にトライです

標準タイム片道4:30分の健脚向き

『般若心経』は、数え方によっては若干その数が異なるが、262字からなるお経である

宿坊横から裏手に回ります

ここ数年写経ブームである。私は写経を勧める場合、最初から法華経のような長いもの(69,384字)を書かせるわけにはいかないので、この『般若心経』から入って、だんだん長い『観音経』や、あるいは『法華経』の中の行数の適当なものをだんだん一巻まとめ二巻まとめ、やがて『法華経』一具、28品、巻にして八巻、開結を入れて十巻を書くように勧めている

真っ直ぐな石段が伸びている

般若心経を勉強するとき手本として、誰にとっても一般的なのが、『隅寺心経』である

かなり古いものです

これは空海の筆ということで珍重されているが、あくまでも伝であって、空海の真筆ではない

五鬼熊「行者坊」跡

しかし般若心経として、習いやすく、誰が見ても美しい楷書で書かれている

五鬼童「不動坊」跡

隅寺は空海が修行のために通った寺で、正式の名を海竜王寺という

諸天善神

それが平城京の東西の隅のほうにあったために隅寺と呼ばれるようになった

古い石段が残る

角寺という字を使うこともあるが、つまりは大きな平城京の一角という意味である

大本山三寶院門跡の「峯中安全祈攸」お札

その寺から般若心経がたくさん出た。中には十巻(10枚)一巻きになったものも残っている

所々で見かけました

これら天平時代の般若心経が、空海が修行に通っていたこの寺から出たことから、近世初頭の古筆鑑定家たちが、空海の書いたものであろうと称し、今もなおそう伝承されているわけである

ガレた道なので見失いやすい。標識は少ない

空海は日本の文化史になかでも特筆大書すべき立派な人物である

太古ノ辻を目指します(二つ岩は中間点)

青文字は、1993年11月号「プレジデント」より

to be continued

座右の書として残しています