般若心経を生きる・・・高田好胤⑦

ご飯をいただくときの食事作法を、佛教では「食作法(じきさほう)」と申します。食をジキと読むのは呉音読みです

滝行・水行、般若心経を唱えながら冷水・清流に身を沈める

その中に「道業を成ぜんが為なり、世報は意に非ず」という句があります。これは享楽を目的にして食事をすべきではない

3分(般若心経読誦1回)もすれば、滝と体が1つになる感覚となり、煩悩は吹っ飛ぶ

人としての道を踏み、行わせていただかんがために、この食事をいただくのだという意味です

水行に打ち込むことにより、「三密加持」(体と心と言葉を一つにする)、が得られるという

「喜びと、感謝の、そして敬いのこころをもっていただきます」との食前の言葉があってくださって、こころの命と、肉体の命が両々相俟ち、両々相和して養わる時、食事における「色即是空」が生まれてまいります

般若心経を5回読誦して身も心も清らかになった

煩悩を取り除いたあと写しました

こういうことをいえば、よく「わざわざ口に出したり、姿にあらわさなくても、心でさえ思っていれば、いいんでしょう」というお人があります

五鬼助さんのお話によると、子供の頃は冷たくて5分は入れなかったとか

けれども、「正しい形が正しい心を生み出す母である」という大切な言葉のあることを思い出してください

地球温暖化の影響ではないかと、話されていました

形が心を生み出します。生み出された心が、また形をつくり出します

15年ほど前、金峯山寺の副管長で成就院住職の柳沢眞悟(大阿闍梨)氏に、大峯で一番気に入ってる場所はどこですか?と尋ねたことがある

 

この形ある目に見えるものの世界と、目には見えない心の世界の養われが調和する状態が高まっていく

師は間髪を入れず、若き日に師匠に連れられてきた前鬼裏行場が忘れられない、と小生の問いに答えて下さいました

これを名づけて「文化」というなれば『般若心経』は、私どもを日常生活の場において、文化的なる生活へお導きくださる教えであります

柳沢氏は八ヶ岳の麓・茅野市に生まれ、1973年25歳の時に金峯山寺に入山し、35歳の時に戦後初めて「大峯千日回峰行」を満行されました

有名な「いろは歌」は、もちろんご存じでありましょうが、日本人の読み書きの習いのはじまりが、この「いろはうた」でありました

金峯山寺364mから山上ケ岳1719m・標高差1355mの往復48kmを、戸開期間中の143日を1日も休まず歩き続け、8年かけて満行する行のことです

蔵王堂を0時半に発ち、8時過ぎに大峯山頂に至り、15時半に帰堂する。標高差1355mを15時間半かけて、毎日登る。台風が襲来しようと、激甚豪雨が降ろうと、40度の熱に苛まれようと、神仏に運命を託すのです

「色は匂へど散りぬるをわが世たれぞ常ならむ有為の奥山今日こえて浅き夢見じ酔ひもせずこれであります」

昭和59年には、断食・断水・不眠・不臥を9日間続ける「堂入・四無行」を満行

「目に見える、ものの世界は存在しているが、この森羅万象の、何一つとして、永遠不朽なるものはない

平成元年には、笙の窟百日籠山行を満行。平成22年に権大僧正となる

三重滝への梯子段

全てのものは移り変わってやまない存在である。この世で移り変わらざるものとて何があるであろうか。何もないではないか」

小生は15年ほど前、金峯山寺の止観行(断食座禅会)に初参加(以来4回参加)し、大阿闍梨からご指導を賜りました<m(__)m>

青文字は、1993年11月「プレジデント」より

to be continued

将来読み返そうと大切にしまっていました