6月3日9:09分、硫黄岳火口壁

東京帝大の1年になったばかりの深田久弥は、一高時代の後輩2人と八ヶ岳縦走をした

赤岳から横岳を経て硫黄岳に達し、登山は終わったと安堵

硫黄岳の北側にある岩壁をグリセードで降りている時に、後輩の一人が急峻な雪面で制御を失って滑落死する悲惨な遭難事故が起こっている

深田久弥は自身の著書「日本百名山」で、建って2、3年目の赤岳鉱泉に泊まり、翌日中岳を経て赤岳の頂上に立った

横岳の岩尾根を伝って、広やかな草地の硫黄岳に着き、これで登山が終わったとホツとしたが、それが終わりではなかった

そのすぐあとに友の墜落死というカタストロフィ(悲劇的な結末)があった

今でも海ノ口あたりから眺めると友の最後の場であった硫黄岳北面の岩壁が、痛ましく私の眼を打ってくる、と記している

この親しかった友人の死は、終生忘れられぬ遭難事故となったが、山への情熱・興味を失うことはなく、2ケ月後には朝日連峰・大鳥池に登っている

赤岳や横岳の岩稜を経て硫黄岳にたどり着くと大概の人は、なだらかな平原にホツとするだろう

そこに落とし穴があった。登山でも人生でも同じことが言えるのではないだろうか

雲がかかっているのは北横岳2480m、蓼科山2530m