般若心経を生きる・・・高田好胤④
ところが、そのお嬢さんは、その後、喘息が嵩じて亡くなられたのです。そのご家庭は、皆さん敬虔なクリスチャンでいらしたそうですが、奈良の歴史を、万葉歌を、そして伝統建築、古美術の世界に心を傾けていたその娘さんは亡くなる間際、苦しい息遣いの底から、「お母さん、お経をあげてちょうだい」と必死で願われたそうです
6月2日16:57分、赤岳北稜
お母様はお経をまったくご存じなかったそうですが、かってご自分が子供の頃に、ご両親が仏壇の前で上げておられた、お経の中に「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦」、この言葉があったことを思い出されたのです
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そして「何のお経かも知らんけれども」とおっしゃられ「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦」と唱え始めたところ、お嬢さんが、「それでいいから、そのお経あげてちょうだい」とおっしゃられたそうです
山頂山荘も開山前夜祭で賑わっていることでしょう
そこで、それを繰り返し繰り返し聞かせてあげられました。お嬢さんはそれを聞きながら、安らかに息をひきとられたのです
夕暮れ前の静かなひと時です
そんな話を私に聞かせてくださいました。そしてそれが『般若心経』というお経であるということを、後ほど知りました
阿弥陀岳
『般若心経』には、最初に『観自在菩薩・・・』と出てまいりますことも知りました
峰ノ松目2567m
どうか、この娘のために小さな観音様を、この境内にお祀りさせていただけないだろうか、という申し入れをされたのでありました
展望荘
東院堂の裏の小さな石佛がその観音様す
佐久、清里方面
娘さんは森惠さんという名であったと思います
ハイマツ群
「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦」これは『般若心経』の結びの一行であり、『般若心経』の精神の凝縮でもあります
県界尾根に至る道が見える
いうなれば、「羯諦羯諦=行こう、行こう」「波羅羯諦=さあ、行こう」「波羅僧羯諦=みんなで一緒に行きましょう」です
北東斜面に残る雪
みんなで一緒にどこへ行くのかと申しますと「波羅蜜多」へであります。「波羅蜜多」というのは「般若心経を始め他の5つの波羅蜜」行の完成です
展望荘裏側
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
to be continued
将来、読み返そうと取り置きしていました











