般若心経を生きる・・・高田好胤②

まず、『般若』という言葉は、インドのサンスクリット語(梵語)で、プラジュニヤーと申します。プラは大いなる、優れたる、ジュニャーは認識、知識の意味です

6月2日16:52分、赤岳展望荘テラスより行者小屋を見下ろす

また、これがパーリー語になると、パンニャです。このパンニャが音訳されてハンニャです

阿弥陀岳

その意味は『明るい』『暖かい』『真実』を含んだ、これは智慧で知識ではありません

展望荘テラス&赤岳

知識とは、私どもの暗闇の心の働きで、自分の自我でする自己中心の手探りの判断です

CLのT・K氏&M・Oさん

それに対して、お日様の輝きで、物事の真なる姿の判断がいただけるのが智慧であります

テラスから阿弥陀岳

そもそも知識の場合と智慧の場合は、その『チ』という字自体が、知と智で違います・・・

カメラマンが少しずつ増えてきました

それから『波羅蜜多』はパーラミターで彼岸を表す言葉です。彼岸に至る修行を『波羅蜜の行』と申します

10分経っていると手が悴んで来る

そして、『波羅蜜の行』を行う人を菩薩と申します

雨水を貯めるタンクでしょうか

そして、この菩薩の行が完成した彼方が彼岸です。完成した彼岸の世界が『波羅蜜多』です

プロパンガス

その波羅蜜多に至る修行が、六つの修行徳目、実践徳目に分けて説明されておりました、それが『六波羅蜜』です

赤岳北峰

六波羅蜜は、布施波羅蜜、持戒波羅蜜、忍辱波羅蜜、精進波羅蜜、禅定波羅蜜、そして般若波羅蜜、この般若波羅蜜のことを『智慧波羅蜜』と申すのであります

さすがにこの時間になると人の姿は見えません

このような説明をしておりますと、5分経っても10分経ってもフィニッシュが決まりません。大変苦労しました。何回も何回も、いや何十回、何百回と繰り返しました

赤岳山頂小屋

青文字は、1993年11月号「プレジデント」より

to be continued

将来読み返そうと保管していました