般若心経を生きる・・・松原泰道⑬最終回
自分に好ましくない状況を厭うことなくそのままに徹するというのは、難しいことですが、といって、喜怒哀楽を否定したり、物事に感動する心を失ったりしては人間失格です
6月2日14:47分、赤岳展望荘へ急坂を下る
浄土系の教えで、一念、二念といった考え方があります。例えばきれいな花を見てきれいだと思うのは当然で、これを一念といいます
登っていく人たちを撮ると傾斜がよく分かります
しかし、その花を手折りたいとか、盗みたいとか思う二念が起こる、それを防ぎなさい、というのです
遠目で見るのとは随分違います
きれいなものは素直にきれいであると受け止めて、その次の気持ちを起こすなということです
浮石、小石が多いので落石に注意です
真言宗の有名なお坊さんが、仲のいい禅のお坊さんと連れ立って修行に出た、その道中で、前夜の豪雨でできた大きな水たまりを前に立ち往生している妙齢の娘さんに出会った
いや~すごい傾斜
すると禅の坊さんのほうが、サッと近づいて娘さんを抱き上げ、水たまりを渡って下ろしてあげた
もう少し
そのお坊さんが何事もなかったかのようにまた歩き出すと、連れのお坊さんがカンカンに怒って、「お前のような破戒坊主とは一緒に歩けん。修行者が若い娘を抱くとは何事だ!」
大同心、小同心も見えてきました
娘さんを抱き上げたお坊さんは悠然とこう返答した
下ってきた斜面と、山頂小屋
「なんだ、お前はまだあの娘さんを抱いているのか」
赤岳展望荘全景
見て見ないふりをするのは、不人情です。一人の僧はその娘に声すらかけなかったにもかかわらず、妙齢の女性を抱きたいという煩悩にいつまでも執着していたと言えるでしょう
県界尾根分岐
娘さんを助けた僧は、下ろした時点でもう次の行動に移っています。執着や煩悩を拒否せず、現実をありのままに受け入れながら、それにとらわれることなく、自由な心の働きができたいたのです
山腹の残雪
私たちもこのお坊さんのような境地に達するように、日々丹精に生きていきたいものです
15:02分、赤岳展望荘到着
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
明日からは、「般若心経を生きる」・・・高田好胤「かたよらず、とらわれず、空に至る」を連載いたします











