般若心経を生きる・・・松原泰道⑧
私は、人生はマラソンではなく、ゴールインのないメドレーリレーだと思うのです。メドレーですから年齢、性別、能力もまちまちの人間が、リレーしていく
6月2日14:03分、赤岳山頂直下の成田不動尊
走る区間はお互いの一生です。3年もあれば100年の人もある
梯子場、上で人が待機しています
その短い、あるいは長い区間を全力疾走し、そのバトンを渡していく
2つ目の梯子
私も途中のランナーであって、ゴールインすることはできない
赤岳山頂小屋が立つ赤岳北峰
だが、ゴールインできないから、途中のランナーだからといって怠けてしまえば、そこでリレーが断絶してしまいます
後ろから階段を登って来る登山者
それだからこそ、自分に与えられた区間を全力疾走します
権現岳を中心に、右・編笠山、左・三ツ頭、前三ツ頭
「新3Kの発想」のすすめ
つぎは不垢不浄です。「不生不滅」で大変時間を取りましたが、これさえわかればあとはずっと楽です
午前中登頂した人はガスがかかって視界はなかったと話していた
『般若心経』のここのところを読み下すと、「不垢にして不浄」になりますが、前段の「是の諸法は空相なり」を受けていることは申すまでもありません
3人はすでに山頂に立っている。トレランの外国人が一瞬よろめいた( ;∀;)
「存在するものは、空の姿にほかならず」と受け止められれば、生も滅もないように、不浄とか浄いとかの区別はない道理です
14:13分、赤岳山頂2899m踏破
汚れることと清らかなこと、それを超えるということは、いずれもそれに徹することなのです
赤岳は双耳峰で、三角点があるのは南峰
例えば、現在日本では、いわゆる「汚い、きつい、危険」という三Kの職場が敬遠されます
赤岳神社、3日正午より開山祭が催されます
これは『般若心経』の「不」の状態から言えば、マイナスの発想です
南峰三角点から北峰(赤岳山頂小屋)へは30mほどの細いリッジを辿る
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
to be continued
将来読み直そうとしまっていました











