般若心経を生きる・・・松原泰道⑦

生死を超えるといっても超えるべき生死はないのです

盤珪も仙厓も結局同じことを言っているのです

6月2日13:58分、竜頭峰分岐

突き当りは断崖絶壁

生きるときは精いっぱい生き、死ぬときは大いなる力にお任せ申し上げて、そして自分のできる範囲でベストを尽くしていくところに、心を奪われない、「不」の状態があると思うのです

下界を見下ろす

不生不滅を、「生きつつあることがそのまま死につつあること(逆もまた真なり)」と受け止めていくのです

岩を巻きます

わたし事ですが、復員の時私は肺結核で、余命7年と告知されました

大きな岩が立ちはだかる

そのとき、私は悩みぬいた末に、今日一日の自分を大切に育てることが、そのまま私の最後の死につながるのだと感じました

先行するK氏&Y氏をズームアップ

今も私は「よき人生は日々の丹精にある」を、自分の杖ことばにしています

キレット、権現岳方面

一日一日の私の生の丹精が、日一日と近づいてくる私の死を醸し出してくれるようです

山頂へのトライを前に撮影

さらに、荻原井泉水の「楠千年さらに今年の若葉なり」の句で確認します

この岩稜を登る

大宰府天満宮に、千年からの樹齢のある楠がたくさんあります

周りをウォッチングして

いつ見ても青々としている常磐木ですが、千年前の葉が今も繁っているわけではありません

山頂へラストアタック

年々歳々楠の葉は変わっていく。一枚一枚の葉がベストを尽くして、次の葉がそれを受け継いでいく

ヘルメット装着のK氏、安全第一

句の「さらに」という言葉が効いていて、断滅しながら続いていく感じがよく出ています

油断大敵、一歩一歩確実に

青文字は、1993年11月号「プレジデント」より

to be continued

 

将来また読み直そうと残していました