般若心経を生きる・・・松原泰道⑥
不生不滅は生と死を相対的に考えて、生を喜び死を嫌うという境地を超えるなら、生死に心が奪われることなない、ということです
6月2日13:47分、岩稜越しに阿弥陀岳
しかし、生まれたら必ず死ななければならない私たちです
岩稜を見上げる
この例外のない事実に無条件に降伏するのではなく、それを超えるところに、生と死の本当の意味があると、「不」の言葉は教えています
後ろは振り返らない、前だけを見て進む
すなわち、生と死を対立的に考えることなく、命ある間は精一杯生き抜くことですし、死に直面しては目いっぱい、死に任せ切ることになります
一息つけるような踊り場
江戸時代前期の禅の高僧、盤珪の禅風を不生禅といいます
上から人が下りて来ます
不生は『般若心経』の不生不滅によることは明らかですが、彼は「不生といえば不滅というもむだごと」と言い切ります
剥き出した岩
ある日、一人の若侍が盤珪のもとへやってきて「私は生まれつき短気で困ります。どうぞお導きください」という
事前情報では一部残雪がありアイゼン携行とありましたが、使う場面はありませんでした
盤珪はそれに答えて、「それは妙なものをもってお生まれになった。短い気ならばここで伸ばしてしんぜましょう」
真剣な顔つきです
すると若者は困って、「いや、ときどきヒョイヒョイと出てくるので」
ガレ場が続きます
すると盤珪は開き直って、言う。「時々出てくるなら、それは生まれつきでじゃなくて、あんたのわがままというものだ。あんたの身に生まれついたのは不生の心、それしかないのですよ」、と諭すのです
ひたすら上だけを見て登る
江戸後期、九州の博多に、仙厓という禅僧がおりました。ひょうひょうとした性格で、書画も巧みで現在でも高く評価されています
鎖が頼みです
彼は、88歳の高齢で亡くなりますが、その死に際に、弟子たちが高僧の最後にふさわしい後世に残る名言引き出そうと、辞世の句を求めます
竜頭峰分岐
師は絶え絶えの口調で、言う。「我に辞世の句なし、何が故ぞ、死にともな(死にたくない)」
弟子にしてみれば、「死をみること帰するがごとし」とでも言ってほしかったでしょうに
青文字は、1993年11月号「プレジデント」より
25年前、将来読み返そうと残して置いたものです











