般若心経を生きる・・・松原泰道④

空の持つもう一つの意味は「無我」です。ここでいう無我は常識的な<我がない>というのと少し違います

CLのT・K氏が阿弥陀岳分岐で待ってくれてます

仏教用語の「無我」とは、この世のものは、すべて単独に孤立してあるものではなく、みんな互いの関わり合いがなければ存在することができず、相互に依存関係があって、初めて一切は存在するという意味です

一瞬、ガスに覆われた西稜

無我の心理を理解するには、網の目が一番わかりやすいと思います

もう一息

網には無数の目があり、確かに私たちの目に見えます

その次は考えない、まずはCLが待つ稜線分岐までたどり着くこと

網の目は、隣りどうしの目が互いに関わりあってできているので、一つだけ取り出そうと思ってもできません

遥か北八ヶ岳の稜線も見えた

それと同じように、すべてのものが、互いに関わりあわなければ何ものも存在することはできない

13:58分、阿弥陀岳分岐

この関わり合いの原理を「無我」というのです

中岳&阿弥陀岳

『色即是空』とは、そういった関わり合い、つまり互いに力になり、持ちつ持たれつの関係があって初めて目に見えるものが存在するという意味になります

ここからが岩登りです。CLはヘルメット装着

そこで、私は、「空」の思想とは存在の原理であると申し上げたい

意を決してスタートです

 

それが「無常」であり、同時に「無我」であると言っているのです

要塞を見上げているようだ

「不」は単なる否定ではない

アルプスの呼称こそ与えられていないが日本の屋根を形成する代表的な山岳帯だ

ここで、『般若心経』とはどんな経典であるかをご説明しましょう

赤岳東稜

青文字は、1993年11月発行の「プレジデント」より

将来、読み返そうとしまっておきました