般若心経を生きる・・・松原泰道③

なぜなら、人間には善・悪いずれにもなる可能性を持っている存在であるという事実を話しました

6月2日13:01分、ダブルストックの下山者とすれ違う

無常とは、無我とは

次に、いま社会で『再構築』という言葉をよく聞きますが、人間こそ再構築が常に必要な事実だと話しました

60㍑はあるだろうザックを担いでいた

仏教は思想であると、話したのです

M・Oさん、立ち止まる回数が増えてきました

思想は常に生き生きと動いていて、新しい思想が古い思想の上に上乗せされて、高さを増していくのです

H・Y氏の足取りも重くなっています

これを思想の「加上(がじょう)」といいます

標高2805mの阿弥陀岳&中岳

加上は、根雪の上に新雪が積もって高さを増していくように、新しい思想が古い思想に影響を与えると同時に、新しい思想もまた古い思想の影響を受けていく

赤岳と八ヶ岳の双璧をなす阿弥陀岳

おそらく今の仏教は釈尊の思想の上に新しい思想が加上されて、互いに深く関連して、今日の仏教思想が築き上げられたのです

ヘルメットを装備されている人は三分の一くらいだったでしょうか

そんなふうに、進歩していくのが仏教の思想で、固定したものはないのです

赤岳西稜

ここで仏経の思想は『般若心経』の「空」の思想に通じているのだなあと、改めて感じたわけです

左手に遭難碑が立てられていました

「空」には2つの意味があります。1つは「無常」であるということ。コンスタントな物事は一つもありません

稜線が視界に入ってきました

常に変わりづめに変わっていくのです。英語で言えば、動詞の語幹にingを付けて、動作の進行を示す現在進行形的な世界観です

CLは稜線の分岐までたどり着いているようです

永遠に不変なものは一つもないというのが無常ということです

H・Y氏&M・Oさん、自主的に腰を下ろし休憩です

青文字は、1993年11月号「プレジデント」の記事より

to be continued

将来、学びなおそうと残していました