政治家とは一定の距離

企業を経営するうえで政治家との縁はできる

だが私はどんな親密な間柄になっても政治家とは一定の距離を保つという原則を守っている

5月19日16:30分、淡路島東浦にある「ウエスティンH淡路」に投宿

アーカンソー州知事だったクリントン氏と懇意になり、大統領選では息子のジェームズが友人として政治献金を取りまとめた

宴席まで1:30分時間があったので周辺をウォッチングすることにした

だが米国の政治抗争に巻き込まれ、政治献金は違法だと判断された

明朝、ホテル裏手にある「篝場山」に登るためのルート探しでもある

私が常々語る「政治家とは一定の距離を保つべきだ」という言葉の意味を息子も悟ったに違いない

ホテルのスタッフや道行く人に篝場山へのアクセスを訊ねたが、知る人は誰一人いなかった

ホテルの裏手右が篝場山だ。中腹に高速道路が通っており直登するには障害となる

私のパートナーだったサリムグループの総帥スドノ・サリムはスハルト大統領と親密な関係にあり、インドネシア政府から数多くの許認可事業を獲得していた

インターネットで調べたが納得のいく情報はほとんど見当たらなかった

スドノを通せば政府関連の事業を簡単に始められたが、私はそうはしなかった

明日に備えて北東・鵜崎の方まで向かうことにした

政治家と関連する事業に関われば無理な要求をのまされかねなかった

聖隷淡路病院まで足を延ばしたが手掛かりを得ることができなかった

98年にスハルト大統領が退陣するとサリムグループへの批判も高まり、身の安全のためスドノはシンガポールに退避せざるを得なかった

直登のルートがないか、淡路島国営明石海峡公園の麓を探索したが、道らしいものは見当たらなかった

習近平国家主席との付き合いも忘れられない

80年代後半から90年代にかけて中国福建省に度々訪れていた

明日は、裏側に回り込むしかないなあ、と思い篝場山を見上げた

福州市の共産党委員会書記をしており、30代後半だった

こんな身近なところにあるのになぜ?疑問が深まるばかりだ

習氏は福建省勤務時代にインドネシアを3度訪問しているが、カラワチにあるリッポの私の執務室に来てもらったこともある

大阪湾を航行する船に合図を送るために篝火を炊いた場所だったのか、あるいは軍事上の情報を知らせるための狼煙場だったのかと、想像が膨らんでくる

3度目の訪問では習氏を自宅に招き、父の故郷福建省莆田の料理を振舞った

陽も暮れてきたので急ぎホテルへ戻ることにした

淡路夢舞台・奇跡の星の植物館へのアクセス

18:30分、ホテルに帰還したが全身汗びっしょりであった

シャワーを浴びる時間がなかったので宴会場へ向かった

青文字は、日経私の履歴書「モフタル・リアディ」より抜粋