江文神社は、古くは江文山と称された金毘羅山の頂上で朝日の一番早く当たるところに祀られていた
平安時代末期山麓に社を建造し鎮座を願った
この神々は大原八郷の産土社で倉稲魂命(うがのみたまのみこと)、級長津彦命(なつひこのみこと)、軻遇突智命(かぐつちのみこと)ほかを祀る
金毘羅山は古来神体山として崇められており、当社はその麓社として創祀されたと考えられる
「山州名跡志」(1711刊)によれば、山頂に火壺、雨壺、風壺と称する自祭の三穴があり、請雨の霊場であったという
また神々が一箇月一日ずつ交代で法華経を守護するとして比叡山で創始され、日蓮宗で盛業した三十番神信仰において、江文神は八日目を守るものとされている
例祭は昭和30年頃までは5月15日に行われていたが、翌日に行われる境外摂社梅ノ宮神社の例祭を祝日にするため、5月4日に改められた
境内に八郷の人々が集まって行われる大原八朔踊りは京都登録無形民俗文化財で、毎年9月1日に近い土曜日に奉納される
大原八郷とは、野村、井出、戸寺、草生、來迎院、大長瀬、勝林院、上野の8町
野村川、草生川、東又川が流れ、若狭路、敦賀街道が通る
江文神社から江文峠を跨ぎ、京都一周トレールと東海自然歩道が合流する高野川に架かる宮川橋へ
早春の畑では草が息吹、青々とした野菜が生育していました
15:35分、戸寺バス停に無事下山しました
6時間30分14kmの道のりでした
CLのNy画伯、企画・リーダーありがとうございました。楽し一日となりましたm(__)m
16:53分、京都駅着












