孝萬善先百行本

目上の者への孝行は全ての善行の基本である。川田達男(セーレン会長)さんの人格を造った掛け軸

峰はゆつるはの峯

阿弥陀の峯

彌高の峯・・・枕草子十二段

 

揮毫者として永平八十翁悟の名前がある

灘黒岩水仙郷は諭鶴羽山の麓にある

幼い私は意味も分からず何とはなしに掛け軸を眺めていたが、その思想は今、身に染みて分かる

諭鶴羽山は神話と大自然に彩られた霊峰

父はとにかくしつけに厳しく、成人になるまでいつもびくびくしていた

標高607.9m、淡路島最高峰

四歳の頃、お仕置きで自宅の庭に植えた松の大木に縛られた記憶がある

一等三角点、関西百名山

何か悪いことを働いたのだろう。夕食時には星座をさせられお説教を聞かされた

兵庫ふるさとの山50山

毎日、仏壇で曹洞宗のお経唱えるよう指導された

第13回山耀会で登った

父への恐怖とお説教はいつしかない面にすり込まれ、「孝萬善先百行本」を地で行くようになった

諭鶴羽神社のご祭神・山名の由来

厳のような父の背中を見ながら薪割り、水くみ、畑仕事と何でもやった

国生み神話で知られた、伊弉諾尊、伊弉冊尊の二柱の神様が、鶴の羽に乗られ、この山のカヤの大樹に舞い降りられたのが山名の由来です

振り返れば、掛け軸の精神に基づく父の厳しさは「来るべき戦後の激動期をたくましく生き抜いて欲しい」という私への願いに由来するのではないか

奥之院には伊弉諾尊、伊弉冊尊の二柱の神様と大地主命が、また本殿には熊野の神と同じ伊弉冊尊さまを主神にその御子、速玉之男命、事解之男命の三柱の神様をお祀りしています

親孝行は社会に出て誰かに尽くすことや会社の利益に貢献することにつながったような気がする

諭鶴羽山の登山シーズンは、秋から冬、そして春にかけて

私のような考えは現代では古風かもしれない。だけど、やはり私の気骨と忍耐強さを作ってくれたのは父なのだ

山開きは11月下旬ごろ修験道の道である諭鶴羽古道の清掃を行い、山伏がご法楽を行いながら登山を行います

青文字は、日経夕刊「こころの玉手箱」・川田達男さんより