能登のさと森羅万象あらたまる

名舟港

子供の頃、築港は無かったが砂浜があった。昭和30年代コンクリート用に砂を採取したこともあり、美しい砂浜は消えてしまった

大杉海岸

小さい頃の記憶。母が3歳くらいの小生を負んぶして岩ノリ採りをしていた

白米千枚田「自然のシンフォニー」  

子供の頃は、もっと田んぼの枚数があったように思う。国道も狭く、田を分かつ作業道もなかった。機械化が進む中で変貌してきた

鉛雲と水平線

晴れいるように見えますが、霰が激しく降っていた

岩の列が幾重にもなって北西に延びている

子供の頃、見かけない人を見かけたら警察に通報、との看板が立てられていた