北朝鮮
米国を意識し続けた世襲3代
1945年8月15日 日本敗戦で朝鮮半島解放。10月朝鮮労働党設立
48年8月大韓民国設立 9月朝鮮民主主義人民共和国樹立
12:52分、岩橋峠へ戻る
往復692段です
50年6月 朝鮮戦争始まる
53年7月 朝鮮戦争休戦協定に正式調印
61年7月 ソ朝友好協力相互援助条約
中朝友好協力相互援助条約
65年6月 日韓国交正常化
新庄分岐
布施城:標高460mにある山城。新庄への下山路の途中にあり別名「二塚城」。松永久秀によって筒井城から追われた筒井順慶を匿った。信長の支援を得た松永久秀が布施城を攻め、周辺を焼き払われるなどしたが落城しなかった
76年8月 板門店ポプラ事件(米軍将校惨殺)
85年12月 核拡散防止条約(NPT)加入
87年11月 大韓航空爆破事件
91年9月 南北国連同時加盟
92年1月 国際原子力機関(IAEA)と各施設の査察受け入れに関する保障措置協定調印
ダイヤモンドトレールにはレスキューポイントが設けられています
93年3月 NPT脱退を宣言。第1次核危機始まる
93年6月米朝高官会議
94年6月 IAEA脱退を表明
カーター米大統領訪朝。金日成と会談
94年7月 金日成死去(82歳)
94年10月 米朝が核開発凍結と関係正常化を
巡る枠組みに合意
13:42分、持尾分岐
持尾には赤坂城の支城持尾城があった。城跡からの眺めは絶景とのこと
95年3月 軽水炉建設を進める朝鮮半島エネル
ギー開発機構(KEDO)発足
97年10月 金正日が党総書記に就任
98年8月 弾道ミサイル「テポドン」発射、日本列
島越え
2000年6月 金大中韓国大統領訪朝、南北共同宣言に署名
10月 オルブライト米国務長官訪朝
稜線はヒノキ林で眺望は得られません
01年5月 金正男とみられる男を成田空港で
拘束
02年1月 ブッシュ米大統領が一般教書演で、
北朝鮮とイラク、イランを「悪の枢軸」と
非難
02年9月 小泉純一郎首相が訪朝し金正日と会
見、日朝平壌宣言
02年10月 米国務省が、北朝鮮高濃縮ウラン
による核開発計画を認めたと発表。第2
次核危機の始まり
03年8月北朝鮮核問題を巡る第1回6カ国会議
トイレ棟が設置されています
05年9月 6カ国協議で北朝鮮の核計画放棄を
盛り込んだ共同声明
06年10月 初の核実験に成功と発表
07年10月 廬武鉉韓国大統領が訪朝。南北首
脳会談
08年10月 米国が北朝鮮のテロ支援国家指定
を解除
11年12月 金正日死去(満69歳)
14:00分、葛城山麓公園分岐
11年12月金正恩が軍最高司令官就任
13年3月 経済建設と核武力開発の「並進路
線」提示
13年12月金正恩がおじで側近の張成沢を粛清
16年5月 朝鮮労働党大会で金正恩が党委員
長に
16年6月 金正恩が国務委員長に
14:13分、忍海(おしみ)分岐
17年2月 金正恩の異母兄、金正男がマレーシ
アで殺害される
17年7月 大陸間弾道ミサイル「火星14」を初
めて発射
17年9月 6回目の核実験
国連安全保障理事会が対北朝鮮制
裁決議
初めて石油の輸出規制に踏み込む
忍海:飛鳥時代、鉄生産技術を持って朝鮮から渡来した人たちの集団である忍海氏の本拠地であったといわれる
四半世紀前、ソ連・東欧の社会主義体制が崩壊した。中国やベトナムは市場経済化を進めた。その後、中東革命で多くの権威主義体制が崩壊し、キューバは米国と国交正常化を果たしたが、北朝鮮は三代世襲で体制永続化を図っている
ダイヤモンドトレールは、道も標識もしっかりしています
北朝鮮が崩壊しない理由はいくつも挙げられる。日本より長い12年間の義務教育制度と生涯にわたる思想統制は、たとえ不満があっても体制に従順である以外に選択肢はないと教え込むのに十分な役割を果たす
葛城山までの稜線は木の階段が続きます
岩橋山から葛城山までは、階段だけでも1600段ほどありました
周辺国の足並みがそろったことはない。そのような中、北朝鮮は体制を永続化させるために最大限の努力をしてきた。米国がアフガニスタンのタリバン、イラクのフセイン政権などを崩壊に至らしめる様は、北朝鮮をも崩壊の恐怖に陥れた。しかし、その貧しさゆえ通常兵器で対抗することはできず、米国に届く核ミサイルの開発に邁進することで抑止力の目指してきた
出たーフジッコパフォーマンス(◎_◎;)
厄介な隣国を批判するのはたやすいが、各国の思惑が異なる以上、圧力だけでは問題が解決しない。小泉純一郎元首相は、理不尽でも交渉することによって拉致被害者を奪還した。北朝鮮は来年で建国70年を迎える。時間の経過は、問題のさらなる悪化をもたらしかねない
(青文字は、中日新聞11月5日付日曜版より)










