からまつはさびしかりけり

たびゆくはさびしかりけり

11月23日(日)8:00時、桜井駅集合時には雨が上がっていました。談山神社へは県道37号線を通りますが、台風の影響で小型バスしか運行していませんでした。積み残されるのではないかと心配していましたが、小型バスが2台運行していたので無事乗車することができました。ただ、Hm氏が平日ダイヤと勘違いして、発車時刻8:12分に1分間に合わず、タクシーにて追いかけることになりました

からまつの林を過ぎて

からまつをしみじみと見き

からまつはさみしかりけり

たびゆくはさびしかりけり

談山神社2つ手前の不動滝で下車

世の中よ、あはれなりけり

常なけどうれしかりけり

山川に山がはの音

からまつにからまつのかぜ

不動延命の滝石標

世は無常だけれど、人生には喜びがある、と

破不動(大岩が真っ二つに両断されている)

波乱の青春は終わり、詩人は移ろいゆく自然の中にも形のない永遠があることに気づく

横から見てもはっきり分かります

常緑ではない「落葉松」に詩心を動かされたゆえんだろう

八井内で生まれ嫁いだというおばさん、お不動さんの前で手を合わせておられました

北原白秋が信州・中軽井沢の星野温泉を訪れたのは大正10年の夏。旅から帰り「十月、突然に感興が湧いて」詩が成ったと記す。再び「詩へ還って来た」とも

神杉

浅間山の噴火で長く樹木のない荒野だった一帯で、官民が植林事業を始めたのは明治になってから

記念碑

詩人は独り林の中へ、さらに奥の細い道へと進む。霧雨、けぶりたつ浅間嶺

生活道でもある林道を歩く

内省的なこの詩を収めた「水墨集」の後書きには「悲惨な複雑な曲折を経てやうやうに辿りついた」とある。それまでの詩集「邪宗門」「思い出」の異国的な色彩は消え、静かな枯淡の境地を感じる

八井内集落

龍門山地の鞍部にある大峠の麓東北にあり、古くから伊勢街道の捷路(近道)として使われた

白秋36歳。その年の春、終生の妻となる菊子をめとった。生まれ育った福岡県の水郷・柳川の商家は没落、人妻との激しい恋で罪に問われ、2度の結婚と破局を経た後の、初めての安寧だった

右手に川が流れ、道幅は狭い

「寂しい詩ですが、最後が大事です」と、柳川にある北原白秋生家・記念館の大橋鉄雄館長は言う

青文字は、読売「名言巡礼」北原白秋「落葉松」より

私が、この詩と出会ったのは2009年1月30日、「浅間山・黒斑山」登山の際に泊まった「高峰温泉・ランプの宿」であった。詩はその時の個人の感情が表れることが多い。この詩も抒情詩だと思う

今日と左京区の大悲山国有林のある「花脊の三本直ぐ」が62.3mで日本一であることが確認された

これまで最も高いとされていた愛知県新城市の鳳来寺の傘杉59.6mを上回った(読売新聞より)