「バカ論」過激すぎる人生論
バカな時代・バカを一刀両断
19日(日)、吉野山の北東に聳える龍門ケ岳連峰の主峰「龍門ケ岳」下見登山をして参りました
日本オープンが開催されたこともある「グランデージGC」クラブハウスから富士型の美容を見せる山です
桜井駅からタクシーで針道(はりんど)登山口へ(料金2930円)
8:18分、大峠トンネルスタート
人生なんて一回経験すれば十分
林道が川になっていました
「夢をあきらめるなよ」という奴を信用するな
台風の影響でしょうか、崩落で道が塞がれています
定年になって趣味を探し始めても手遅れ
黄鉄鉱が採れる所を大峠に向かう
お金を貸すなら、上げた方がいい
8:54分、大峠・女坂伝承地
同伴下さったYh氏
運は、ギャンブルではなく仕事で使え
10:12分、三津峠
人生の最後に、死んでみたい
山頂近くの鉄塔から二上山
雪がちらつきました
たけし節の真骨頂
鋭すぎるバカ論
10:59分、龍門ケ岳904m山頂
一等三角点があります
バカに時代も性別も学歴も関係ない
風が強く、東側斜面で昼食をとり、11:26分下山開始。山頂祠前で、西宮から来られた3人パーティの方にシャッターを押してもらいました(この日出合った唯一の登山者)
バカを“バカと言って何が悪い
鉄塔と反射板(見晴らしの良い草原)
バカかどうかを知るには、質問させればいい
12:14細峠分岐
本番ではピストンですが、下見アドベンチャーです
民主主義はバカのもの
竜在峠から鹿路(ろくろ)へ向かいました
杉の大木
バカを「一億総活躍」させてどうする
黄葉
飲食店でエラそうに振る舞うバカ
大峰山脈展望
「明石家さんまは教養なき天才」
13:07分、細峠
「雲雀より空にやすらふ峠かな」・・・芭蕉句碑
深すぎる“芸論”
冬野分岐を20分ほど林道を進んだピークより
金剛山展望
芸人や役者に「就活マニュアル」はない
二上山展望
「何をどう盗むのか」が芸人のセンス
13:36分、冬野分岐へ戻りました
「かくし芸」を「売り芸」にしてはいけない
13:43分、竜在峠を鹿路(ろくろ)へ向かいました
漫才ブームで勝つために捨てたもの
鹿路トンネル
師匠の評価は、弟子が作る
珍しい石
村の入り口に架けられている飾り物(しめ飾り?)
14:40分、談山神社山門
杉の巨木
十三重の塔
中大兄皇子と中臣鎌足が大化の改新の談合をした場所
藤原鎌足公墓所・御破裂山607m
古来より、天下に異変が生じる時には、御破裂山が鳴動し当社の御神像が破裂(亀裂)すると言い伝えられています
談山神社の神杉と紅葉
蘇我蝦夷と入鹿親子の勢力が極まり、国の政治をほしいままにしていた頃、中臣鎌足(後の藤原鎌足)は強い志を抱いて、国家の正しい在り方を考えていました
同行下さったYh氏によると、大峠トンネルから談山神社まで33000歩、24kmとのこと
飛鳥の法興寺(今の飛鳥寺)で蹴鞠会で中大兄皇子(後の天智天皇)に初めてまみえることができました
十三重塔は、父・鎌足の追福のために、長男・定慧、二男・不比等によって678年に建立された
現在の建物は1532年に再建されたもので、木造十三重塔としては、世界唯一のもの。高さ17mで檜皮葺です
日光東照宮造営の際のお手本となったことで有名です
669年10月、鎌足公の病が重いと知った天智天皇は自ら病床をみまい、後日、大織冠内大臣という人臣の最高位を授けられ、藤原の姓を与えました
鎌足公没後、御墓は摂津国阿威山に造られましたが、678年唐より帰国した長男・定慧和尚が遺骨の一部を多武峰山頂に改葬し、十三重塔と講堂を建立して妙楽寺と称しました
16:40分発の臨時バスに乗車
大型バスは、37号線が通行規制されているため、明日香経由で桜井駅に向かいました
2年前、地元Mm氏にリーダーを務めて頂いた音羽三山の峰々です
ご同行いただいたYm氏には、行程表の約2倍の距離を、昼休憩以外休みなしで歩かせてしまいました
ご協力に感謝申し上げます<m(__)m>
青文字は、日経広告欄「バカ論」ビートたけし著より
※嵯峨富士の連載1回だけ中断、明日より連載復活します


































