日記文学を楽しむ・・・②
嫉妬の奥底見つめた自己。文学へと昇華
恐ろしい女への嫉妬・・・と思うかもしれない。が、『蜻蛉日記』の真骨頂はここにある
15:31分、ススキと灌木の千間平で休憩
Fh氏だいぶ堪えているようです"(-""-)"
怖いのは自分の負の感情に気づかない人だ
北谷登山口まで、下山ルート標準タイムはあと40分
『源氏物語』の六条御息所のように、「我が身の不運を嘆くほかは、人を“悪しかれ”と思う気持ちはない」と思っているような、被害者意識しかない人が物の怪になる
紅葉を惜しむ
無意識のうちに人を傷つける
散るのを待つ黄葉
道綱母は違う。彼女は、女を“憎かりし”と思う己の心に気づいている
4合目、宮崎県
しかも、自分に都合の悪いことは隠したいのが人情なのに、それを白日のもとにさらす
その上で、我が身を顧みる。夫は女を捨て、女は不幸になった。やった!と快哉を叫んで見せた道綱母は、直後、「けれど」と続ける
15:32分、3合目
「けれど夫は自分の所には相変わらずたまにしか通ってこない」と
青さも残るモミジ
徹底的に自分と向き合い続けた彼女は心の底では分かっているのだ。女がいてもいなくても、夫の気持ちは自分から離れつつあることを
この「内省」が、『蜻蛉日記』を単なる暴露本でなく「文学」にした。どぎつい暴露は作者自身の懺悔となった、読み手の心に寄り添う。日記の極意は人に読まれたら最も恥ずかしいことを書くこと
人工林帯を下山
それには徹底的に自分を見つめること。それがまた自己救済にもつながることを『蜻蛉日記』は教えてくれる
青文字は、日経「日記文学を楽しむ」大塚ひかりより抜粋









