今日は、第115回山耀会「金剛山登山会」でしたが中止しました
海となりし山水もしばし木の葉の下潜るなりけり・・・田中角栄
新潟県出身のM・I氏が86歳で浄土へ旅立たれました。上記は、小生が若かりし頃先輩のお宅へ伺った時、座敷に架けられていた額文字(田中角栄直筆)です。書生時代は田中角栄を目標に政治家を志したこともあると仰っておられました
10月28日、河内長野駅前
感謝の思いを込めて
「父の凛々しく、まっすぐな足跡を、尊敬と労いの思いとともに辿ります」
高野街道道標
村田英雄さんの「王将」や「無法松の一生」を人生の応援歌として今日まで歩んできた父。その力強い足取りが今改めて偲ばれます
河内長野には、他に南北に走る岩湧街道や東西に走る西国巡礼の街道や大沢街道がある
半世紀という長き現役生活仕事一筋に進んだ父は、私たち家族の大きな誇りです
吉年邸は元々鋳物師で、鍋や釜、農具などを製造販売していた
物静かながら精悍だった面影も、まだ昨日のことのようによみがえります
河内長野商工会創立50周年記念碑
現役引退後は、友人や家族、親戚で旅行を満喫した父、体調を崩したここ7年は辛いこともあったと思います
吉年邸(よどしてい)の楠(市指定文化財・昭和45年11月指定)
少しずつ話せなくなっていく中、手でOKサインを作ってくれ、特にこの2週間は、本当に穏やかな日を過ごせていました
樹高20㍍、幹回り4.7㍍(昭和45年当時)
かって小生の上司でもあった先輩は、夜討ち朝駆けでよく働かれました
幹や枝を四方に伸ばし、大地にしっかりと根をおろした姿は、生命力にあふれている
小生がまだ20代であった(確か昭和56年12月)、仕事先の忘年会で遅くなり朝の6時前、現場直行の電話連絡をしたところ、奥様が「主人出ましたよ」とご返事されました
上司も得意先の忘年会で帰宅が遅くなったことは相違ありません
樹勢は旺盛で豊かな葉を広げている(枝張り約30㍍)
ホテルでひと眠りしたあと、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました<m(__)m>
樹齢は分かりませんが、1000年位としておきましょう
持ち歌は、上記以外には「岩壁の母」、「なみだ恋」、「花と龍」など・・・
株式会社「吉年」は可鍛鋳鉄製品を製造販売している企業で、吉年与右衛門が享保3年(1718)に創業した。(創業300年)
心よりご冥福をお祈り申し上げます<m(__)m>
青文字は、ご遺族の「感謝を込めて」から抜粋












