七十年前画く所は実に足るものなし
70歳前に描いた絵は、実に取るに足らないものだった
14:06分、峰坂峠で休憩するYs氏
江戸時代後期の絵師、葛飾北斎は75歳の時に出版した「富岳百景」の跋文(あとがき)にそう記した
1班は先に進んでいた
当代随一の人気絵師が自ら、70歳以前の画業を否定したのだ
2・3班で集合写真
73歳にして稍(やや)禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり
ヒノキ道(枝打ちが必要ですね)
73歳で動物や草木の姿がいくらか分かるようになった
カヤの木が群生。殻が左に捻じれているところからヒダリマキガヤと呼ばれ、奈良県の指定天然記念物
九十歳にして猶其奥義を極め
90歳になれば奥義を会得し
植物の進化を考える上で重要な植物群落として指定されています。カヤの実は古くは油をとる原料として、種子は食物や薬として利用された。子供の頃によく食べた
百有十歳にしては一点一格にして生けるがごとくならん。100歳をかなり超えたころには、作品一つひとつが生きているようになるだろう
一度訪ねて見たいところですね
75歳から自分の絵はまだまだ進歩し続ける、これからが本番だ、という宣言である
葛バス停まで2.2km
19歳で浮世絵の道に入り、一流一派にこだわることなく、画号も生涯に30回名乗り替えた。北斎はその一つ
14:17分、鎧岳へ向かいます
住まいも90回以上引っ越したという。創作に没頭して他のことに無頓着な暮らしぶりだった
兜岳に劣らぬ急坂ですが、人工林帯をジグザグに登るので兜岳のような恐怖感はありません
転々と移り住みながらも江戸の下町、両国界隈から離れることはほとんどなかった
14:46分、植林帯を登りつめると稜線鞍部に着く
北斎は90歳まで生きた。当時としては異例の長寿だが、臨終の床でなお、こう言い遺した
ここにザックを置き山頂へ向かった
あと5年あれば、真の絵師となったものを・・・
なだらかな稜線を5分程で山頂です












