山は逍遥であってはならない。ことに冬山は攀ずべき対象以外の何ものでもないのである
粗剛と繊細と
荒廃と沈黙と
生命と希望と
畏怖と憧憬
青葉の合唱と秋風の詩
わたしは、これらのものを愛する
山耀会の創始者のひとりHr先生の事務所を訪ねました
知人から頂いたものだと見せてもらったのが、白簱史朗「わが南アルプス」の写真集
写真も文章にも感動させられました
この感動を皆さまにおすそ分けいたします
白簱史朗氏は、日本の山岳写真家。ヒマラヤを始めとして、世界の峰、日本国内の名峰を四季にわたって撮り続けて来られた。現在84歳
特にライフワークとして南アルプスの写真を多く撮影している
南アルプス!今日もこの巨大な山地は、抗いがたい美と力をもってわたしの前に聳え、わたしを薫陶しようとする
赤石岳の朝/小赤石岳肩
ヨーロッパ―アルプスの取材を意識的に抑え、昭和47年、48年のほとんどを南アルプスと尾瀬に注ぎこんだ
南アルプスに入るようになってから、すでに26年が過ぎたが、その間、一つの山にどのくらい通ったろうか?そして冬山でさえもう20年続いた
この年月を想いかえすと、一つの山頂、一つの谷に、四季それぞれの思い出は多い。しかし、そうした想い出とは別に、この年月は何の抵抗もなく流れた、と思えるほど、それは魅せられ続けた年月であった
南アルプスが国立公園に指定されて今年で12年目を迎える。その間に南アルプスも大きく変貌した
夕雲湧く/北岳稜線
かってわたしはわたしの愛してやまないこの山地を、できるかぎり多くの人に知ってもらい、理解してもらい、仲間になって欲しいと願った
いやあ、すごい光景です。登る方も撮る方も命がけ
そして、そのためにもと考えて多くの写真を撮った。だが、それは間違っていたのではないかと、疑問を抱く昨今である
いま、南アルプスが変貌したと、わしがいったのは、この山地に国立公園となって入山者が激増した、それは確かなことである
そうした現象によって、風致が破壊されることはある程度避けられないーとは言っても、それが山を愛する人たちばかりだったら、その破壊度は最小限に食い止められたはずだ、と思うのである
山頂から落ちた一滴の水が、その渓谷を遡れば、それはかならず山頂に通じている
水は山頂から下界に道をつけ、わたしたちは、それを逆にたどって山に登る。1滴1滴の水が集まって、たんねんに刻みつけた跡を追って山頂にたどり着こうとする
青文字は、白簱史朗「わが南アルプス」より抜粋











