三十一文字世界に響け

黒髪に白髪交じり老ゆるまでかかる恋にはいまだ逢はなくに・・・大伴坂上郎女

白岳を運搬用ヘリが飛ぶ

大人の恋の切なさ、やるせなさもまた、年を重ねた人であれば万国共通に理解できるものだろう

白岳への稜線と五竜岳

東の野に炎の立つ見えてかえり見すれば月傾きぬ・・・柿本人麻呂

この和歌を聞いた外国人は「まるで音楽みたい」と感嘆の声を上げた

朝焼けの野に立ち、振り返れば月が消え残っているという情景を、どの国の人も美しいと感じる

牛首の岩場に差し掛かる

憎しみの後に滲める慕はしさ父なき子にも巡る父の日・・・北久保まりこ

これは私の歌だが、生き別れた父への思いを詠んだ。こういう個人的な思いが遠い外国の人に共感してもらえたときの感動は大きい

岩を入れると劔が映える

待機!下山者があると道を譲らなければならい

海外で短歌の朗読をするようになったのは2005年。私の歌集の英訳者がオーストラリアでご自身の本の出版記念会を催した。そこに招かれて朗読したのである

その間周りを見渡す

俳句は海外でよく知られているのに比べ、短歌の認知度は低い

東斜面ですが所々雪が残る

魅力を伝えたいと力を入れて朗読したところ、好評を得て、様々なご縁で方々から声がかかるようになった

登攀開始

「短歌への恩返し」と書いたが、そこには個人的な思いがある。母ひとり子ひとりの家庭で育ったが、その母が倒れ、病院で死をみとった

ストックをザックにしまい3点支持で登ります

母が集中治療室に入っていた17日間、私はその傍でひたすら短歌を作った。それが自分の支えだった

雨でなくてよかった

つらい日々を支えてくれたのも短歌だった。私は悲しみ、苦しみを歌にすることで己を保ち、やがて徐々に回復していったのだ

ちょっと一息

三十一文字の韻律は、言語の意味を超えて人の心を揺さぶる。朗読を始めた瞬間、私という存在は消えて、ただ言葉の響きだけになるのが究極の形だろう。そのとき初めて、歌心が聴き手の魂に届くのだと思う。一生かかっても至り得ない境地かもしれないが、努力を続けたい

青文字は、日経文化欄「三十一文字世界に響け」より