雲は天才である・・・石川啄木
盛岡から北へおよそ20分、列車の窓が岩手山の絵になった
ふるさとの山に向かひて言ふことなしふるさとの山はありがたきかな
ヘルメットで武装した7人グループ
はうきぼし王座につかずかの虚空翔ける自在を喜びて去る
26年で命尽きた啄木は、秩序から自由な彗星の一生に己を重ねていたのだろうか
重厚長大な五竜岳
啄木は渋民で、生活困窮のため代用教員を務めた
中央地溝帯、大きく切れ落ちている
この学校で好調と対立した啄木はストライキを起こした
大黒岳山頂には立ち入れないようロープが張られている
生徒たちは「山も怒れば」と啄木自作の歌を合唱し、学校にくりこんだ
慰霊塔でしょうか
おかげで啄木は「石をもて追はるる如く」渋民を去った
防衛大学山岳部建之とあります
「雲は天才である」
自由な放浪者を雲に見たてたとの指摘がある
気持ちのいい稜線歩き
啄木が命の森と呼んだ愛宕の森の遊歩道を歩く。東屋でごろんとなった
花畑(ピンクの花はカライトソウ)
綿のような雲がゆうゆうと秋の空で運行していた
大黒岳
さかしらな人間界なんてお構いなし
風化
あの道を行けたらなあ。啄木の道と勝手に呼んでおこう
餓鬼谷から劔岳
最初の小説「雲は天才である」は、代用教員をしていた20歳の時に書いたもの
西斜面に群生するハイマツ
青文字は、日経夕刊「文学周遊」より抜粋











