鈴木大拙「禅と日本文化」

信仰(フエイス)は「無意識」への直覚の異名である

古池や蛙跳び込む水の音

金沢市の生家近くに鈴木大拙記念館がある

次回帰省した時、深田久弥記念館と併せてに立ち寄ろうと思う

大拙は本書で、この句の成立過程を、禅の悟りに例えている

今夏この風景に出会えて良かった

芭蕉は単なる閑寂の境地を詠んだのではない

真冬の五竜スキー場から眺めた時には、近寄りがたい崇高な山であった

芸術家として、ある「直覚」を詠んだという

30年の時を経て歩けたことに感慨にふけっている

すべての創造能力がそこから湧き出る「宇宙的無意識」への直覚だ

小遠見山三角点2007m

それは人間の心に備わり、芸術や宗教人の向上心、哲学者の研究心などの源である

墓碑や石仏が並ぶ

「われわれの知的思慮や分別以上に深い大きな生命」ともいう。蛙が跳び込む音で、詩人の天才がその存在に触れたのだ、と説く

眼下に白馬村が広がる

ポシャ。周囲の紅葉を借景に、波紋はゆっくり広がり、やがて消えて行く

鹿島槍ヶ岳

「不立文字」という禅語がある。悟りは文字をもって伝えるものではなく、心から心へ伝えるものである。時に師は鉄拳さえ振るう

ここまではトレッキング。ここからは登山口です

言説をもって、海外の人にも向け、悟りの境地を伝えようと挑んだ大拙の一冊。これを片手に、池のほとりに一日、たたずんでみたい

森のアート

青文字は、日経夕刊文化「文学周遊」より