深田久弥著「日本百名山・五竜岳」

北安曇から後立山連峰を眺めると、高さは特別ではないが、山容雄偉、岩稜峻厲、根張りのどっしりした山が目に付く

山頂直下北斜面に雪を残している

そこから大地が生えたようにガッチリしていて、ビクとも動かないといった感じである。これが五竜岳だ

幾筋もの緑脈が山裾に向けて走っている

北は大黒の岩峰を経て唐松岳へ続き、南は八峰キレットの嶮によって鹿島槍に連なり、昔は後立山縦走中の難関であった

西には立山連峰や剣岳が顔を見せた

この近づき難い山も、近年多くの人々に、より近く、よりハッキリと、眺められるようになった

小屋前のテント場はほぼ満場

八方尾根に便利なリフトが付いたからである。それがなければ、冬そんな高い所まで行くことがなかったに違いない花やかな女性が、「あれはなんて山?」と連れの青年に聞いているのを私は一再ならず耳にした

生ビール(350ml缶650円)を飲んでいる間に雲が頂を隠してしまった

いかに山に無関心なスキーヤーも訊きたださずにはおられないほど、八方から見た五竜はいかめしい

記念に一枚撮ってもらった

それはまるで岩のコブだらけの、筋骨隆々といった上体を現わしている

しばらくすると青空が復活した

他の山々のように美しくスマートではない。ゴツゴツした荒々しい男性的な力強さをそなえている

重量感を感じさせる

更に立派な五竜岳を見たい人は、唐松岳の上から眺めることだ

山名の由来「御菱紋」

そこからの五竜は壮大である。越中側の餓鬼谷の底から頂上まで一気にせり上げた姿勢は、実に堂々としている

青空に湧く白雲

昔は越中側の呼称は餓鬼ケ岳であった。前田氏の藩政時代に奥山廻りと称して信越国境の山々に調査隊が幾度も派遣された

五竜山荘

その一番古い記録、元禄13年(1700)の「奥山御境目見通絵図」には歴と餓鬼ケ岳と記されている。その後の絵図にも餓鬼ケ岳の名は動かない

東側・長野市方面の眺望

青文字は、深田久弥著「日本百名山」より