琥珀の夢(伊集院静著)
「エトバス ノイエス」
常に何か新しいことに挑戦せよ
という言葉が、佐治敬三をあらゆる困難へも果敢にむかわせたのではなかろうか
今年の夏遠征登山は北アルプスの五竜岳と唐松岳
京都から夜行バスで扇沢バスセンターへ
敬三と鳥井信治郎は一見違ったタイプの経営者に映るが、二人の企業精神の根底にあるのは“やってみなはれ”“常に何か新しいことに挑戦せよ”というチャレンジ精神であろう
夜明けから雨ですが、稜線は晴れている
そして父と同様、敬三も社員、社員の家族を大切にした
天気は回復とあったので大丈夫でしょう
柏原新道登山口を経て五竜とおみに向かった
どんなに大きくなっても家族のような会社こそが、本当の企業だと確信していた
エスカルプラザ
二代にわたる大番頭作田耕三は、自分の日誌で語っている
子供たちが小さい頃何回か滑りに来たことがある
「これほどの経営者の下で働けたのは私の誇りである」
青空が覗き始めた
平成11年、大阪城ホールで創業100周年のセレモニーが開催され、海外社員、OBを含む7000人余りに人が、セレモニーの最後に、花束を手に「すみれの花咲く頃」を歌う敬三の姿にエールを送った
8月26日ですが高原は秋の彩
同年11月3日、佐治敬三は80年の生涯を閉じた。サントリーホールでの社葬には、父をしのぐ8000人の参列者が続いた
家族で、近くのペンション「山の家」をよく利用した
ここからあらたに“信治郎の夢”を継承する人たちがあらわれるのである
テレキャビンゴンドラ始発に乗車
“寿屋洋酒店”から“サントリー”への道を拓いたのは、創業者、鳥井信治郎であるが、今日の世界でも有数の企業へ発展させたのは佐治敬三である
リフトも動き始めた
若くして養子に出され、海軍軍人として終戦を迎え、あれほど個性の強い父の下で12年間専務として業績を上げ、次代のサントリーを模索し、それを実現させた源泉は何であろうか
アルプス平駅
青文字は、日経朝刊連載小説「琥珀の夢」より









