人が死ぬと霊は故郷へ向かう。歳月を過ぎると霊は個性を失い、他の祖霊と融合し氏神になり子孫を見守る
16日夕刻、仕事の帰りに恩師のお墓参りをした
送り火の替わりにロウソクを上げさせて頂きました
もう30年も前のことだが、ひと夏を沖縄の石垣島、西表島など八重山諸島で過ごした。忘れられないのが小浜島で体験したお盆の習俗だ
もうすぐ日が暮れる。本堂をお参りし墓地へと向かった
人々は獅子舞や琉球拳法を披露し祖先を迎え、三日三晩、祈り、歌い、飲み明かす。宿の主人の手ほどきで太鼓をたたき、踊った
王龍寺は禅宗(黄檗宗)の寺院です。宗旨・宗派は問いませんので、どうぞ自由にご参拝くださいとあります
そこには死者と生者の確かな交流があった。小浜島の盆などの芸能は2007年、国の重要無形民俗文化財に指定された
本尊は摩崖仏・十一面観音菩薩
京都の五山の送り火のように大規模ではないが今晩、迎えた霊を再び彼岸に送るため自宅に小さな火をともす人もいよう
年に2~3回訪ねています
冒頭の言葉は1945年春、柳田国男が「先祖の話」で執筆し説いている
ブログにも何回か取り挙げさせて頂きました
敗戦による人心の荒廃を予期したのか、柳田は驚くべき呼びかけをする。生き残った者が散華した若者の養子になるべきだ、と言うのだ
さすがに、お盆の最終日、この時間ですから人影は見当たりませんでした
子をなさず戦死した若者を新たに私たちの先祖に迎え、彼らとともに戦後社会を再建することを提案した
ご恩は終生忘れることなく足を運ばせて頂きます
柳田は民俗学を「省察の学問」と呼ぶ。悲惨な過去をより良い社会を形成するために力にすべきとの倫理観が底流にある
青文字は、8月16日付日経「春秋」より







