医療ルネサンス 穿破(せんぱ)
穿破克服 魂の病気克服
穿破ー。食道がんの陽子線治療から2年半がたった2015年2月、作家で作詞家のなかにし礼さん(78)はその言葉に揺らいだ
南志見浜に勢ぞろいした御神輿
食堂裏側の気管支に密接するリンパ節で、再発したがんが見つかった。穿破はがんが気管支の薄い壁を突き破ることを示し、いつ起きてもおかしくない。起きればもって数日という
7人の宮司と各村の区長・宮総代が紋付き袴で勢揃い
穿破は、無音で迫り来る死の象徴だった。ゆっくりと死ぬこともゆるされない。戦う相手が強すぎる。非常な現実に心を乱した
笛と太鼓が奏上される
陽子線治療をと願ったが、国立がん研究センター東病院(千葉県)の放射線科治療科長、秋元哲夫さん(58)は首を横に振った。前回の照射経路に重なり、過剰照射になる危険があったのだ
神に礼と誠を捧げる
東病院は手術を勧め、長年なかにしさんの心臓の状態を診てきた別の病院は、「手術は難しい」と言った。なかにしさんは、秋元さんの助言を選んだ。外科医や内科医と共に、延命ではなく「治すチャンス」を想定してくれたからだ
鉾を海岸の塩水につけ、その鉾で御神輿のお祓いをする
20日後4時間19分に及ぶ手術が行われた。残念ながら、幹部にメスを入れることはできなかった。しかし、その後の抗がん治療剤が抜群の効果を上げた
祈りと願いが込められる
7月画像でがんの明らかな縮小が確認される。8月に残ったがん細胞をたたくために念願の陽子線治療がスタートし、12月まで12回続いた
現代科学を超えた自然界の力を給う
前回に治療から再治療までの間、陽子線治療の年間実施件数は約2倍に増えていた。全国10施設で、肝臓がんを手始めに、標準的な治療と効果を比べる臨床試験も始まった
大和民族始祖から営々と続いてきたことを思う
民間のがん保険の大半が、先進医療特約を設けるようになった。そうして昨年4月、小児がんの陽子線治療に初めて保険が適用された副作用の少なさが評価されたためだ
神々が宿る能登
厚生労働省は、他のがん治療についてはまだ、有効性を証明する十分なデータがないとしている。今後は費用を標準的な治療レベルに下げる方策探しも求められる
文化や伝統は永遠だ
穿破は、なかにしさんに「私」とは何かーという問いを投げかけた。気管支の壁膜に根を生やして食らいつくがんと、がんとの永久戦争も辞さないという意志との相克が、生きる力を体内にもたらした
水無月祭りは輪島市指定無形文化財
完治の目安となる5年は、まだ先だ。けれど、魂の病気は治癒した。病床で、満州から引き揚げた敗戦前後の風景や、ヒット曲が生まれた夜の情景を時空の旅人のようにつづる半生記「夜の旅」を執筆した。穿破を越えた先に、今を生きる自分が見えた
祝詞をあげる中川宮司(オレンジ色の狩衣)
青文字は4月3日付読売新聞より











