オタチの儀式
前回のブログに書く記事だったのですがタイミングがずれました
拝殿に安置された4基の御神輿のカタネ棒(担ぎ棒)の上に板を渡し、お供え物(神饌)を載せた三方を置いた
里町を巡行するキリコ奉灯
お供え物は左から野菜と果物、御神酒、魚介類
海岸へ向かう道
オタチの儀式が終わると4基の御神輿は拝殿から退場し、海岸へ渡御する
高さ約7m
キリコの屋根が電線に引っかかるため、人足が最上部まで登り手で電線を払いのけた。移動しながらの作業なので勇気がいる
今は充電器だが、以前はこの位置から上段のボンボリのロウソクを入れ替えた
キリコは旧南志見グラウンドへ向かい、御神輿4基は海岸へ降りる。4基の御神輿が揃ったところで柱松明が点火される(23:32分点火)
点火は長い竹竿の先に火を付けて行われる
人足により4本の綱が引かれ松明は倒される。山側に倒れたら豊作、海側に倒れたら豊漁といわれる
4基の鳳凰も見守っている
松明には3本の御幣が取り付けられている。争奪して自分のキリコに取りつけることが村の名誉であり、縁起が良いとされる。昨年は獲得できなかった。だって未経験者ばかりで争奪戦に参加しなかったのだから。今年はいかに!?
勢いよく燃え上がる
早い年は5分くらいで倒されるのですが、今年はなかなか倒れません
途絶えることなく何百年も続いてきた祭礼
見物者は橋の上からその様子を眺めています
観光化できないだろうか!
今年はかなり深く挿し込んだと言いながら綱を引っ張っていた
キリコ祭り体験と夏越しの祓いとして
子供の頃は松明の周りに大勢の人が集まり、勇敢な者は柱松明に攀じ登り御幣を奪った。喧嘩で負傷者も出た。最近はそこまでやる人はいない。最初に手中にした者にどうぞ!と譲っているようだった
日本遺産の火を守りたい
忍の御神輿も参加していたが、世帯数と人口が激減、若い人は皆無といった状況で、キリコは昭和42年から、御神輿も数年前から出していない
夜空を焦がす松明
明治25年には神輿・キリコの並び方をくじ引きで決めていた。それ以前では、尊利地の神様が一番右側、つまり最上位につく慣例があった
火の粉を受けたら火傷しますね
これは住吉神社の神様と尊利地の神様が夫婦神様であったためと言われている。しかし、この慣例に対し、他の町から反発があり、くじ引きとなったようだ
現在はローテーションで位置を決定している
23:48分、ようやく倒されました。16分かかりました













