ふるさとお届けします

少子高齢化による祭りの変化

水無月祭りは、尊利地、小田屋、里町各村から神輿とキリコを降ろし、海に運び、そこで神に対してお祓いを行う

尊利地浜に到着した白山神社御神輿

幟旗に忌み竹を取り付け、注連縄を通した場所に御神輿が鎮座する

準備、本番、後片付けを通して地域内の幅広い年齢の人々の交流を持たせる行事

中学生の時、上ダシの「白山神社」書を村の長老に書いて頂いた

学級1年後輩のA・M氏(提灯の蝋燭点検)

子供が地域の歴史や伝統を、過去との生活の変化を知る場にもなる

小田屋・八幡神社の御神輿入場

青壮年は年長者がどのように地域を取りまとめているのかを知り、今後、地域をどのように取りまとめていくかを学ぶ機会にもなる

キリコが総社に到着すると50m程往復を走り乱舞します

祭りは人と人とのつながりを保つことや、次世代の地域を運営していく人々を育成するという重要な役割を担っていると云える

各村で子供キリコ1基ずつ所有しているが、今は3地区合同で持ち回りで出している

水無月祭りは住吉大社の神事の影響を受けていると言われている。陰暦では6月15日(新暦7月20日)の神輿洗いの神事、大阪湾へ渡御し塩水で神輿のお祓いをし、南港祭を行って住吉西公園で神輿が一泊し、翌日帰社する

「若古傳」と分かり、より親しみが湧いてきます

総社住吉大社は、東山の瓶の森山374mの亀尾(カメノオ)に鎮座していた。承久年間(1219-1222)に現在の里町に遷座した

里町・八幡神社の御神輿が入場

詳しい理由は分かっていないが、老若男女が参拝するのには不便だし、神様が海の音を聞きたいと言ったとか・・・

初めて水無月祭りを経験されたT・S氏

宵祭りは22:30分、住吉神社に集結する

7人の宮司と16人の区長・宮総代

昨年は神事の前に、山耀会で玉串(水無月祭参加の御礼と安全登山祈願)を捧げました

拝殿に4基の神輿が勢ぞろい

手前から、尊利地、小田屋、総社(東山)、里町の順に並ぶ(忍の神輿は世帯数が極少となり出さなくなった)

手前神主の太鼓で神事が始まる

神事が行われる間、キリコは正面で待機

最近にキリコはLEDを使用して明るくなったが、風情が失われた

大正時代には25基、小生の子供の頃は13基が勢ぞろいした

蝋燭が揺らめく姿が見れなくなり残念(>_<)

待機している間、太鼓の競演が轟き渡る

人が減り明るすぎる水無月祭り