山は偉大なる研究室・・・国立民俗博物館・梅棹忠夫初代館長
横溝尾トンネル
私の場合は「そこに山があるから」としか言いようがなかった。山の本もむさぼるように読んだ。最も印象深かったのは「青春の山想」だ
レンガ造り・重厚感があってなかなか良い
雑誌「旅」の編集長だったエッセイスト・岡田喜秋が山への思いを記した随筆集で、そこに収められた場所を確かめるように夏休みにはアルプスの各地を訪ねた
一人だったら気味が悪いんじゃないかな
さらに平野長靖の「尾瀬に死す」や、今西欽司の「私の自然観」を読み、山は単なる登頂の対象ではなく思索の対象となっていった
探検心旺盛なT・N氏
京都で生まれ育ち、小学生1年生の時、父と一緒にカブスカウトに参加したのを機に自然に親しむようになった。5年生になると友達を誘って京都盆地を囲む山々に登り始めた
渓谷の醍醐味
中学生時代は週末になると、地図を手にテントを担いで京都北山や比良山系などへ向かった
ゴルジュのような場所
社寺などの古建築や仏教彫刻にも心ひかれ亀井勝一郎の「大和古寺風物誌」を読み込んだ
岩をかんで流れる
カメラにも熱中し、大和路の風景や仏像を美しく切り取った写真家・入江泰吉に心酔した
ズームアップ
大学受験を前に、3つの進路を考えた。入江に弟子入りし写真家になる道。アルプスに近い信州大で岡田に倣い哲学を学ぶ道。ヒマラヤ・マナスル世界初登頂の中心となった京都大の建築士を学ぶ道
白波が清涼感を醸し出す
最後の道を選び、京都大の建築学科を受けたが不合格だった。浪人中も暇を見つけて山行きを続けた
奔流
自然の中に身を置くのがたまらなく心地よく、人の営みには興味が向かなかった。ある日の下山中、山あいの民家が地域ごとに違うと気づいた
岩を縫って流れる
山の人々の暮らしと共に生まれ、生きる建築。面白い。人への関心が芽生え、柳田国男の本を読み始めた。文化人類学を学ぼうと京都大の文学部に入学。だが入ってみると専攻できる講座がなく、人類学は半ば独学で学ぶこととなった
線路は続く
青文字は、日経「心の玉手箱・吉田健司国立民俗博物館長」より











