身はいかになるともいくさとどめけりただたふれゆく民をおもひて・・・昭和天皇

岡野弘彦さんは、83年から、宮内庁の御用掛として、皇族方から和歌の相談を受けるようになりました

秋の紅葉が見事のようです

昭和天皇のご病状が重いと伝わってきたころ、私が教授を務めていた國學院大學に、徳川義寛侍従長が来られました

枕木が残されている

昭和天皇が、敗戦時のお心を幾通りにも推敲された原稿を示された

武庫川の流れ

「お上(天皇)が、この歌の心を一番深い形で決めておきたいとおっしゃるのです」

長尾第一トンネル内で

つまり、ご自分の真実の心が表れた形にしておきたいということです

石組みが時代を感じさせます

拝見して、次の一首が一番結構だと思いますと申しました

真っ暗闇

身はいかになるともいくさとどめけりただたふれゆく民をおもひて

ライトが無かったら危険です

「これでお上もご安心なさいます」と言って、徳川さんは帰られた

出口が見えてきた

昭和天皇の辞世の歌であると感じられます

中はとても涼しい

武庫川第2橋梁

岩稜

全員通過を確認

青文字は、8月15日付読売新聞「戦後72年語り継ぐ・岡野弘彦さん」より