戦後72年、語り継ぐ・受け継ぐ④・・・(岡部弘彦さん・歌人)

汝が世代の秀でし者ら戦ひにみな死にしとぞひびく声する

12:20分、桜の園「親水広場」

47年、折口の家に書生に入りました。硫黄島で戦死した最愛の弟子、藤井春洋(はるみ)の写真が床の間にあり、朝、大きな茶碗でお茶を出すのがならわし

皆さん、暑さで参っています

硫黄島は水が悪く、兵は最後まで苦しみましたから。養子にした春洋のために、折口が書いた墓碑銘は痛烈なものです

廃線跡(旧福知山線・宝塚方面)

もっとも苦しきたゝかひに最くるしみ死にたるむかしの陸軍中尉折口春洋ならびにその父信夫の墓

日陰のベンチで昼食

鎮魂の言葉ではないと思います。戦死者の魂を鎮める道を探したけれど、得られなかった。青白い人魂がただよっていいるような言葉を刻まざるをえなかった

約30分の昼食タイムで元気回復

硫黄島や沖縄でのむごい死に方を、我々は身に染みて深く考えないといけないと思います

ここでT・M氏が離班して武田尾(約30分)に向かいました

岡野さんは歌によって鎮魂の祈りを捧げている。戦死した友人が鳥となって旅立っていく姿を幻視する歌は、白鳥となったヤマトタケルの伝説を思い起こさせる

廃線(武田尾方面)

戦死者の鎮魂はどのようにすれば可能なのか

戦後、それは痛切な問題だった。大義のために死んだ英霊をとしてたたえるのか、若くしてむごい死に方をした犠牲者として悼むのか

出発準備完了

戦後72年を迎えても、私たちに重い問いを投げかけている

笹部新太郎が新種として開発したササベザクラ

9.11以降、世界は新たな戦争に突入した。いつ、どこで起こるかわからない、自爆攻撃による戦争

武庫川の流れ

タリバンの少年兵に、岡野さんがかっての自分の姿を見る歌は心に突き刺さる

廃線歩きスタート

わが友の面わつぶさに浮かびくる爆薬を抱く少年の顔
青文字は、8月14日付読売新聞より