戦後72年、語り継ぐ、受け継ぐ・・・①岡野弘彦さん(93歳)
桜が美しい 一生思うまい
すさまじくひと木の桜ふぶくゆゑ身はひえびえとなりて立ちおり
リョウブ:別名はハタツモリで日本列島に広く分布。樹皮は薄く剥がれる。床柱などに使われる。新葉は湯がいて乾燥させ飯や穀物に混ぜて炊き、食料の不足を補った(リョウブ飯)
1945年1月に、新設された大阪の陸軍部隊に入隊しました。4月13日の夜、茨城・霞ヶ浦に向かう途中、東京で空襲を体験しました
36℃はあったと思われる。山は低いが猛暑との戦いでした
列車が品川に架かること、火の手があがって、B29の腹に響くような音が聞こえてきました。
しばらく行くと周りは火の海です
ヤマモモ:赤い身を付けるヤマモモ。漢名は楊梅
銃、防毒マスク、雑嚢を持って貨車から逃げ出しました。「銃を忘れるやつがあるか」、怒鳴りつけられた初年兵が2人、火の中に戻り、助かりませんでした
ネジキ:幹が捻じれているところから名が付いた。炭焼きでは割りにくい木として有名であったらしい
線路の脇、土手の上に桜が満開に咲いている。それが熱気に包まれて1本、2本と燃えていく
左は下ってきた大峰山道、右は滝見の道、霞滝、満月滝へ至る
つむじ風が起こってトタン板とか空のドラム缶とかいろんなものが飛んでくる。線路の脇の狭い溝の泥水を、一緒に逃げている人たちと掛け合いました
東屋
大峰道、滝見の道、どんぐりの道、さくらの道、もみじの道、遠見の道への分岐です
空襲のあと、人々の遺体がごろごろと横たわっていました。私を含め兵が6人ほど残って何十体も焼きました
腰をおろして休憩
2人がかりで手足をもって、遺体を積み上げて行きます。遺族が探しに来た時のために身元を調べて油をかけて焼く
モミの木:マツ科の常緑針葉樹
1週間ほどして、茨城県鉾田市の小学校にいた部隊に復帰しました。校庭の桜の老木がらんまんと咲いています
東屋天井に掛けられているどんぐりを持ったリス
こんなに桜をむごい花と思ったことはない、死体の脂の匂いが染みついた軍服の上に、花が散り注いで、一生、桜を美しいとは思うまいと心に決めました
桜の枯木で彫った薬師三尊像
この時のことを歌にできたのは10年ぐらい後です
憩いのひととき
すさまじくひと木の桜ふぶくゆゑ身はひえびえとなりて立ちをり
70を越してもこの肉体美
青文字は、8月15日付読売新聞「戦後72年・語り継ぐ、受け継ぐ」より










