今井寺内町
今井町は東の飛鳥川、西の曾我川に挟まれた海抜63mにあり、大和三山が見渡せる位置にある
午後、八木で会議を終えてから、近くにある今井・寺内町を訪ねた
16世紀中頃には一向宗の寺内町として発足したが、再度の戦火を経つつ商業都市としての変貌を遂げ江戸時代には大いに栄えた町である
車ではしょっちゅう通っているのですが、足を踏み入れたのは初めてです
町年寄りの合議制で運営され、堺と並ぶ自治都市であった
伝統的建造物一見の価値ありです
周囲を濠と土居で囲み、9つの門を開いた環濠集落の形態をとっていた
江戸時代にタイムスプリットした感じです
旧環濠内には、今なお650戸の江戸時代以降の伝統的な様式を持つ町家が古い町割りと相俟って残存している
旧常福寺観音堂
これほど整った地区は全国的にも例はなく、平成5年12月「重伝建」の選定を受けている
現在は春日神社拝殿となっている
惣年寄を勤めた今西家(慶安3年建設・1650)をはじめ多くの指定建造物があり、これらに準じる町家が多く残されている
今井町西南角にある春日神社
創始年代は明らかではないが石灯籠銘に「慶安五壬申年仲春吉日」とある
たくさんの絵馬が奉納されている
常福寺の鎮守であった。その棟札に「上棟大和国高市郡今井常福寺・干時慶長18年7月癸丑16日敬白」とあり、当社の神宮寺として慶長18年(1613)に上棟している
感謝が込められたもの、願いが込められたもの
このことは当社最古の石灯籠奉納に先立つこと39年前ということになるが、当社は遅くとも江戸時代以前に創始されていたことになる
現在当社神域全体が全く寺院の姿を呈しているのは、かって常福寺の伽藍の中に当社がその鎮守として存立していたが明治初年廃寺となり、春日神社のみ残されたことになる
本殿前の狛犬・石灯籠などに堺や大阪商人銘があるのは、かって今井町と堺・大阪商人との交易関係を示すものである
神社神域には絵馬堂の外、役行者像・前鬼・後鬼像・地蔵菩薩を安置する入母屋造の行者堂、観音堂がある












