秀吉と柴田勝家が天下をかけ死闘に臨んだ歴史の舞台
6月の例会は、歴史的な古戦場となった賤ケ岳登山会を11日に催行しました
企画・リーダーは、京都の日本画家Y・N氏
1月に実施予定でしたが大雪で中止していたのを復活催行です。歴史を学びながら連載してまいります
9:39分、北陸本線「余呉駅」
北国街道と東海道の合流地点であり、湖上交通の拠点であったことから繁栄を極めた滋賀近江
駅前広場で点呼をとり、準備体操
下剋上の乱世には、天下人への足がかりとして重要視され、城郭はもちろん寺院などに、様々な逸話が残されている
駅構内にある事務所の方がアドバイスしてくださいました
元亀元年(1570)金ケ崎の戦い:信長が朝倉氏を攻めたが、浅井氏が朝倉方に付いたため挟み撃ちとなった。信長は近江の豪族朽木元網の協力もあって京都へ逃げ延びた
9:51分スタート
賤ケ岳は、信長の死後、天正11年(1183)秀吉と勝家が天下人の覇権を争った戦場跡
民家の庭先に咲くタイサンボク
玄蕃尾城跡:柴田勝家が余呉湖の北に構えた本陣大規模な土塁の山城(国指定史跡)
大きな花弁を広げていました
原産地は北アメリカ、花言葉は「前途洋々、希望に満ちあふれている」「壮麗、威厳をつける、大きく立派で美しい」
三叉路を左へ
祠があり活花が供えられていた
右手に登山口の標識が見えてきます
両サイドに民家があります
しばらく舗装道を歩きます











