国境を超えて仏教に帰依します①

法相宗大本山「興福寺」ザイレ暁映師のインタビュー

興福寺で僧侶になって6年目。生まれ育ちはドイツ。高校生の時から日本に興味を持ち始めましたが、まさか坊さんになるとは思わなかったですね

ちゃんとした標識が少ない。小さなもので、しかも置いてあるだけ。風が吹いたり、足で動かされると分からなくなってしまいます

父は物理学の教授で、母は日本の陶芸が好きな熱心なクリスチャンです

ノゾキ平から山頂直下までは緩やかな登りが続きます

12歳でアメリカへ移住し、高校で日本語を勉強する機会があって、1996年夏、初めて奨学生として1か月日本に滞在しました

落ちたままの枯れ葉が登山道を覆っていて、下草はほとんどありません

そのままのめり込み、アメリカの大学では日本の古典文学を勉強し、卒論は能について原文を読めるまでになりました

苦しい表情を見せるH・F氏

その後大阪外国語大学大学院で仏教文学を学び、アメリカに戻って博士課程で、西欧で誰も研究していない南都仏教、主に法相教学を勉強することにしました

ガイドブックにも書かれていた熊笹が覆う道が現れました

始めると、もうこれは日本で自ら体験するしかないと思い、2010年秋に日本に来ました

満開のミツバツツジ

龍谷大学客員研究員の傍ら興福寺に行って手伝いなどをするうちに、同寺の辻明俊師が、法相宗の中で生涯に一度受験を許される口頭試問「竪義」(りゅうぎ)を受けることになって、その世話をする童子として一緒に籠ってほしいといわれたのです

町石道の名残でしょうか「十八」の文字が

この試験は非常に厳しくて、不合格ならばお寺を出なければなりません

山の会が設置した標識

そのサポートという責任重大な任務です。返事をした直後、一時的にアメリカに戻りました

せっかく植樹したヒノキ、手入れをしてほしいです

そしたら興福寺から「童子になるにあたって得度させる必要があります」と連絡があったのです

満開のツツジに癒される

「そっかー、僕はお坊さんになるんだ」って(笑)

切れ落ちた斜面

青文字は、読売奈良ライフ「BOZU数珠つなぎ」より