修行と信仰
「道を求める心」体験記・・・藤田庄市著
その昔、古道を通る人は野盗や追剥に襲われて命を落とす人も少なくなかったという
変わるからだ、変わるこころ
道中の安全と商売繁盛、また犠牲者の供養の意味があるようです
人はなぜ道を求め修行するのか、修行によってどのような境地に到達するのか
地元の人達の手により、西国33ケ所に因んで33体の観音石像を道沿いに建立したという
信仰の場に赴き、修行者の話を聞き、自らも実践した
明治に入って、六甲山に住む外国人が好んで歩くようになり、古道は「シュラインロード」と呼ばれるようになりました、
神道や教派神道、密教の求聞持法、念仏、キリスト教など
1番から33番まで番号が付けられています
奈良県内では一社相伝の秘儀として伝わり現在は神社本庁の錬成研修としても行われ、生者の魂を活性化させる行法として知られる石上神宮の鎮魂行法、東大寺の修二会、大峯修験が詳述されている
1番から8番、番外1体は、九体仏として祀られています
修行についての理論的な事柄も記述されているが、各例は細かな取材に基づいて書かれており、読み手が修行を行っていると錯覚するような臨場感が魅力的だ
元々は、唐櫃と御影を結ぶ生活道で、酒米や海産物を牛の瀬に載せ運んだらしい
修行の心身の危険性にも触れる
石仏の建立は文政8年(1825)とネットで書かれていた
山岳修行で出会った行者の印象的な言葉
脱帽しすべての祠をお参りさせて頂きました
「世俗の人間関係の中で生きることの方が大変で大事な修行だ」
それぞれが相応しい安定した場所で設置されています
青文字、赤文字は、奈良新聞読書欄より








