そこに低い山があるから

標高4.53mの天保山の山頂からの景色に感動を覚えた

わずか数歩、目の前はすぐ海だ

浅香山「玉泉寺」山門

通称「寂光院」で天台宗の尼寺

登山とはとても言えないが意外なほど充実感があった。低い山を巡る旅はそこから始まった

本堂へ至る雪道

これまで全国47都道府県を周り、272の低い山を制覇した

推古2年(594)、聖徳太子が父・用明天皇の菩提を弔うため建立された

やぶかきわけ山頂へ

何をもって「低い」とするのかと思われる方もいるだろう

本尊は聖徳太子作と伝えられる六万躰地蔵尊であったが、平成12年(2000)の火災により損傷したため、現在は復元された本尊が本堂に安置されている

私の定義では①標高が50m以下②各都道府県の最も低い山

②は50m以下の山がない地域もあるためだ

初代住職の聖徳太子の御乳人であった玉照姫(慧善比丘尼)以後、貴族の姫らが法燈を守り続け、文治元年(1185)9月、平清盛の息女で高倉天皇の皇后、安徳天皇の御母である建礼門院がお入りになった

低いからと言って、登るのが楽とは限らない。7~8割の山は獣道を含め、何かしら道のようなものがあるが、残りはやぶに覆われている

源平の戦いに敗れて遠く壇ノ浦で滅亡した平家一門と我が子・安徳天皇の菩提を弔いつつ、終生をこの地で過ごされた

ほとんど情報がないためルートは自分で判断しなくてはならず、足場が悪いこともある。気は抜けない

後年、後白河法皇が寂光院をお訪ねになったのが、平家物語灌頂の巻の大原御幸で、今に残る庭園は幽翠であわれに美しく、当時の余韻を残している

特殊な場所にある山も多い

静岡県の舟山(43.7m)は安部川の中州にある

江戸時代には、豊臣秀頼や徳川家康が再興に手を尽した

最初に行ったときは川の流れが急で、中州に渡ることすらできなかった。天気がいい時期、水嵩が減ったのを見計らって再挑戦

鐘楼

諸行無常の鐘

山登りのはずが、アユ釣りの格好で出かけ、腰まで水につかってようやくたどり着いた

保護された老木

新潟県の鳥越山(50m)はこれまで訪れた中で唯一、山頂を踏んでいない。海岸沿いで海にせり出すように立っている。コンクリートで固められており、岩がいくつもせり出している

雪に映える南天

崖は垂直に切り立ち、下を走る車が豆粒のように見える。途中まではなんとかたどり着いたものの、危険すぎて山頂は断念した

重たい雪を背負って魅せる

青文字は日経文化欄「加藤浩二」氏、そこに低い山があるからより

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