三島由紀夫肉声テープ発見

作家の三島由紀夫(1925~1970)が死の年の2月に行った対談の録音テープが発見された

天ケ岳を経て百井峠への標識

話す勢いや会話中の間、そして有名な哄笑まで、活字ではわからない生の息遣いの中から、改めて三島が語る一つ一つにいまだ組み尽くせない言葉の深みを実感させられる

人工林に降り積もった雪がバサバサと落ちてきます。一瞬先が見えなくなります

帽子が飛ばされてしまい、見失ってしまいました

注目すべき発言は、「僕の文学の欠点というのは、あんまり小説の構成が劇的すぎること」、「僕は油絵的に文章をみんな塗っちゃうんです。日本的な余白ってものが出来ない」、自己批評と独自の文学的原理を示唆して興味深い

足元を踏み固めながら前進

この対談は「暁の寺」脱稿の直後に行われている。「暁の寺」は、明治から現代までを舞台として主人公が転生を繰り返すという畢生の4部作「豊饒の海」の第3巻

厚着していることもあり、汗をかきました

最終巻「天人五衰」執筆を控えて複数のプランを構想した時期でもあった。近年の研究では、現行のような虚無に直面する結末ではなく、主人公の救済によるラストも構想されていたことが指摘されている

救助標識の文字が半分雪に隠れていました

日本文学研究者のドナルド・キーン氏宛書簡で、社会への絶望から無気力に苛まれていることを打ち明けている。この直後、弁護士に遺言状について相談していたことも明らかになっている

雪を被ってカッパの頭です

作家が生身である以上、その時々の芸術的直観と外的要因なども影響する有機的なものだが、そうした事実を念頭に置くと、このタイミングで自らの小説の欠点を剔抉しながら「大きな川の流れのような小説は僕には書けないんです」という三島の言葉は意味深長な響きを持ってくる

枝の雪を落とした檜

あるいはまた「豊饒の海」全体を考えるうえでのヒントをこうした言葉から見出すこともできるかもしれない

前に進めなくなり、クロールで全身を試みましたが無駄な抵抗でした

対談相手の翻訳家ジョン・ベスター氏は、「三島特有の言葉と肉体の論理を知悉する者として三島は胸襟を開いて戦後社会批判を展開する。すべてはモラルを蝕む偽善が原因とする三島は、平和憲法こそが現実には出来ないことを謳う偽善の象徴とみる

シャクナゲ尾根まで登りたかった

三島にとって、戦後批判も憲法批判も二枚舌的に水増しされた言葉への不信感ゆえのものだり、「僕は今の日本じゃ言葉を正すこと以外に道はないんだという風に思い詰めている」と語る

格闘の跡形

自衛隊に乱入して決起を促し、割腹自殺した1970年11月の三島事件によって一方的なイメージが先行してしまう三島だが、その裏側にはフェティッシュなまでに「言葉」のモラルに生きようとした作家の姿がある

救助標識「1」番

「生きているうちは人間みんな何らかの意味でピエロです」、「パペットプレイ(操り人形)を強いられているんですね」

赤文字の救助標識看板を掘り出しました

三島由紀夫という作家が終生抱え持っていた演技性とその奥にある虚無がほの見える。そうした虚無を抱えながら、三島が戦後社会を生き抜くために作家として要請されたのが、「言葉」というモラルへの一貫したストイシズム(厳粛主義)

だった

林道の夫婦杉

言葉に殉じ没後47年に発掘された三島の肉声は、いまなお重く響く

※平成17年2月、神島を訪ねた際、三島由紀夫が寄宿し「潮騒」を書いた元漁業長宅にお邪魔した。ご主人はすでに他界され、奥様にお話や、三島由紀夫からの手紙や遺品を見せて頂いた。寝起した部屋や執筆に使った机もデジカメに納めてあり、いつの日かブログでご紹介したいと思っています

氷点下0.5度でした

青文字は、1月16日付け読売「山中剛史」寄稿文より