滅却心頭自涼・・・杜荀鶴

心頭滅却すれば、火も自ずから涼しい

唐の詩人の一節。禪の問答集「碧巌録」にも引用されている。この言葉が日本で知られているのは、戦国時代の出来事による

大晦日の晩餐は、ブリ刺し&カニすき

死を覚悟し悟りを開く武田信玄の菩提寺・恵林寺に信長に敵対する人物が逃げ込んだ。住職の快川紹喜は引き渡しを拒むと、織田勢は快川を100人を超える僧たちと共に山門の楼閣に押し込め、門ごと焼いてしまった。この時、快川がこの言葉を唱えたという

両親と3人前

他に、おふくろが煮しめや田舎料理を作ってくれました

快川は、当時80歳で「弟子に対する言葉ではないか」と現住職は語る。「禅の修行は足し算ではなく引き算。だらだらと100年修行してもダメ。無心になって覚悟を固めることで、はじめて悟りが開けるんです」、死を前に動揺する弟子たちに、語りかけたのでは

夕餉の前に、神棚に新しい注連縄を付け替え、榊と御神酒、鏡餅をお供えしました

うろたえるな。死を恐れるより、今ここで悟りを開くことに専念しろ。そんな思いを込めた、最後の教えだったのではないでしょうか。僧のうち何人かは門から飛び降りて生き延び、修行を重ねて高僧となり、後に恵林寺を再建したのも、弟子の一人だった

紅白歌合戦が終わるや、氏神様へお参り

「地球平和を見守る龍」にもご挨拶

青文字は、1月15日付読売日曜版「快川紹喜の言葉・1582年」(かいせんじょうき)より