こころのふるさとに出会う能登

能登4郡、羽咋の名は、石衝別命(いわつきわけのみこと)が犬と力を合わせて国土を平定した神話に由来する

今朝獲れぶり、50,000円と30,000円

鳳至の名は、世に聖天使が現れる時に姿を見せる瑞鳥・鳳凰に由来します

鳳凰がまず現れるのが鳳至郡(のち鳳珠郡)

一番小さいので15,000円でした

鳳至には能登第2の高山・鵠巣山(こうのすやま・現高洲山)567mがあり、鵠は、極楽浄土に住む美しい鳥の名

珠洲の名は、真珠のようにきらめく海に囲まれた洲(くに)を意味します

タラですかね

それぞれの郡名には、壮大な神話・ロマンが満ち溢れており、能登郡(のち鹿島郡)には日本の成立と関わる多くの古墳があります

能登の長い歴史の中で、能登国が越中国に併合された時期がありました

香箱親ガニ、1匹400円

そのわずか16年間(741~757)のうちの5年間(746~751)に、越中国司として赴任したのが大伴家持です

種類ごとに籠に入れられて売っています

家持は能登の海に照る月を詠んだ歌や当時の民謡を「万葉集」収め、のちに能登を月の半島として知らしめました

カニ1匹とブリ切り身を買い求めました

また、能登国が再び越中国から独立したのは、対岸の渤海国との交流が頻繁になるなど、海の交通の要所としての役割が増したからでしょう

スーパー「どんたく」

能登の地名は、完本が2冊しか残っていない「風土記」の記載にも登場し、また全20巻のうち一部しか伝わっていない今様歌謡集「梁塵秘抄」のも詠われています

正月用品を買い求めるお客さんでいっぱいです

これは珠洲岬を巡る修験者の様子を描いた歌で、その前の所収歌は修験の中心地であり今では世界遺産の熊野や大峰を、次の所収歌が四国の辺路(のちのお遍路さん)修行を謡ったものです

当寺の能登は、国家の担い手となる若き僧たちの重要な修行場だったのです

レストランで昼食(父はカツカレー・小生はラーメン)。キリコが展示されてありました

ぶらり能登「こころのふるさとに」出会う能登の旅・西山郷史文より