救済は出家者の義務②・・・瀬戸内寂聴さん
「書かなきゃ生きていたってしょうがない」
家で居場所を失い、街をさまよううち、悪い大人に目をつけられたり、薬物に溺れたりする。抵抗力のない者が危険にさらされる現実に、胸を痛める
宝山寺門前町参道、階段を生駒駅に向かいます
「出家者は、本当に困っている人、生活できない人、マイナスを背負っている人を、ちょっとでも楽にしてあげる義務があるの」
最初に訪ねた35年前とはずいぶん様変わりしました。桜の古木が花開く4月初めにはちょくちょく訪ねています
自らもかつて、女性であるゆえに文壇や世間からレッテルを貼られ、誤った理解をされて苦しんだ
4日14:00、近鉄生駒駅から2台の臨時バスで、忘年会場へ向かいました
登山だけで帰る人を見送り、忘年会だけ参加する人を出迎えました
35歳で小説「花芯」を出したとき、自分のセックスを描いたという全くの誤解を受け、「子宮作家」と呼ばれた
14:18分、忘年会場の「ホテル阪奈」到着
山耀会が山燿会になっていました。意味はちょっと違います
文芸誌から干されたんですよ。その痛い思いが今もある
前日の3日、荷物を届けに来た時に写した1番ホール
「なぜこんなに誤解されるのかを知りたくて、悪く言う人が多かった女流作家、田村俊子のことを評伝小説にしました
クラブハウス兼ホテル
これが面白くて、田村が活躍した雑誌「青鞜」に関わった岡本かの子、伊藤野枝と、書きたい人が次々と出てきた
豪華なホテルです。宴会場は最上階4Fです
家庭を捨てての出奔、激しい恋愛など、自身の波乱万丈の人生も作品に昇華し、作家の地位を確立した
陽が傾きだした西方・大阪平野
51歳のとき、岩手・平泉の中尊寺で得度し、心の安らぎを得た。源氏物語の現代語訳や仏教をテーマにした小説で新境地を開く一方、戦争や原発、死刑制度に反対する行動を起こした
生駒・信貴国定公園の紅葉
青文字は、12月14日付読売夕刊「語る、聞く」瀬戸内寂聴さんより
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