限られた人生山と親しむ・・・田部井淳子さん

2007年に乳がんが見つかり、5年後にがん性腹膜炎で「余命3ケ月」と診断された

12月4日12:07分、生駒山一等三角点前にて

「ずっと寝ていたら風景は変わらないし、考えることが小さくなる。生きているうちは楽しまないと。人間は限られた人生しか生きられない」

山頂からケーブル駅へ向かいます

被災した東北の高校生を元気にしたいと力を入れてきた5回目の富士登山は、7月27日、肺にたまった水を抜いて特別外泊で7合目まで登り、高校生を見守った

H先生寒そう、肩が上がっています。すゞちゃんのような毛皮が欲しいですね

これが最後の登山となった

大和八大龍王の由来版

8月末に退院し、9月5日には長野で講演。15日は喜寿を楽しむ会に出席し、翌日再入院

これから向かう鶴林寺の奥の院の役目をなし、崇拝されてきたとある

 

薬師山鶴林寺鳥居が目印

10月2日、布団を敷いた夫の政伸さんの車で猪苗代に赴き、60分間話をした

さらに下ること10分くらいで、薬師の滝、八大の滝の看板が見えてきます

4日にはラジオの収録を行い、その午後に自宅近くの病院に転院した

鳥居がなければ誰も立ち入らないような道です

亡くなる11日前、体調が悪く出席できないとビデオレターに思いを託した

でも一歩足を踏み入れると別世界です

病院の事務室は殺風景だからネパールの布を張らせ、気力を振り絞った。撮影したタベイ企画の吉田三奈子さんは「いつもの勢いのある話し方とは違うんですけど、里山の素晴らしさを語る言葉の一つ一つが心に響きました」

ちょっと気になる青テント

亡くなった後の11月19日、高松市の森林シンポでそのビデオは人々の胸に届いた

10月20日没、77歳

屋根の上に降り積もった銀杏の黄葉

青文字は、「日経新聞追想録」より