深田久弥著「日本百名山・大峰山②」
中世から近世にかけて興隆した修験道の山伏達の道場は山上ケ岳ではなく、全大峰山脈にわたっていた
11月23日、興法寺外塀付近は黄葉真っ盛り
古記に「修験道練行のところ、吉野より熊野に至って70余峰、山嶺の高峻、坂道の険難、桟を渡り、雲を踏んで行く。弥山、釈迦岳、大日岳、土室などを経て玉置山に至る、これを峰中(ぶちゅう)という」とある
椛が瓦を染める
峰中、即ち大峯山脈縦走は、南の熊野から出発して北の吉野で終わるのを、順峰といった
神仏習合の名残で入口に鳥居があります
役ノ行者が初めて開いた道である。現在ではむしろ北から南への縦走が多く行われているが、これは逆峰と呼ばれている
見上げると椛がまだ青い
その縦走路に七十五靡(なびき)と称して、七十五カ所の行場があって、それぞれ名前がつけられ、伝説がある
でも山門は紅葉が敷き詰められている
順峰で行けば、第一が熊野本宮の証誠殿で、第七十五が柳の宿、これは六田の川原が結願となっている
4日の本番は大丈夫かな?
この七十五靡の完全縦走は、現在では修験者も登山者もほとんど試みる者がない
興法寺は生駒山の大阪側標高400mの山腹にあります
ことのその南半は忘れられた存在となっているようである
山号は鷲尾山と号し、本尊の十一面千手観音像は行基の作と言われています
四月中旬、まだ戸開き(開山のこと)前に、私は泉州山岳会の仲西政一郎さんの案内で大峰山を訪れた
境内には神武天のゆかりの時雨桜があり、11月には素晴らしい紅葉が見られる
まず山上ケ岳に登るために、山麓の洞川までバスで行った。ここは昔からの登山口で、開山期には登山者でどの宿もいっぱいになるそうである
役行者の開創で、空海や行基が修行したところです
そこの龍泉寺の境内には水の湧く池があって、修験者はそこで水垢離をして登ることになっている
当寺の聖天堂は弘仁6年(815)、弘法大師により建立されたと伝えられている










