100回記念登山「大峰山」・・・深田久弥「百名山より」①

大峰山はわが国で最も古い歴史を持った山である。この山について古記録は、枚挙にいとまがない

11月23日、忘年登山会の行程通り下見を致しました。10日前と比べてどれくらい変化があったか見比べてみてください。なお、本番の連載は下見登山ブログ終了次第、年末まで連載いたします

珍しい花、葉は蘭のようで蕊がいくつもあります。花名分かる方教えて下さいませんか

⇒T氏から「ネリネ」と教えて頂きました<m(__)m>

昔は山中に金を産するというので、金岳(かねのみたけ)と呼ばれた。しれが金峰山(きんぷせん)となった

軒先でよく見かけます

寒い中凛と咲いています

甲州の金峯山、肥後の金峰山、その他諸国にある金峰山は、みなこの本山から蔵王権現を分祀して名づけられたものである

大きな木

開山は役ノ小角(えんのおづぬ)と伝えられる。斉明朝元年(655年)、彼は22歳で大峰山の上で苦行したというから、これを登山記録と見れば日本最古であろう

石切神社上社

それ以来霊山として信仰の的になり、天皇、皇族、公卿などの参詣がしばしば行われた

毎日掃き清めるのも大変です

本番では掃除のオジサンはいませんでした

大峰に詣る前に、50日とか百日とか、一定の期間を、一定の所に籠って、経文などを写しながら身を浄めた

散り積もった黄葉

これを御岳精進(みたけそうじ)といって、そのことは「栄華物語」や「源氏物語」にも出ている

青葉を残す椛

平安時代には、大峰山は富士に次ぐ高峰として、その名が広く知られていたらしい。古詠は数えきれない

本番では残っていないだろうなあ~

いったいその金ノ御岳とは、今のどの峰を指すのであろうか、大峰山脈は大和の国のほぼ中央を南北に走る脊梁であって、長さ約百粁にわたる

紅葉狩りは江戸時代に始まった

そしてその間に主なピークや峠が三十ほどある。いま多数の人が大峰詣りとして登山するのは、その中の山上ケ岳であって、信仰を現わす多くの石碑が立ち並び、

熟した柘榴

本番では跡形もありませんでした

頂上には金剛蔵王権現を本尊とする大きな本堂がある

イロハモミジ

そしてこの峰だけは今なお女人禁制である。大峰山の代表と見なしていいだろう

本番ではほとんど散ってしまっていました